これは自分にとっても大いに言えることなので、自戒の意味を込めて書く。
70代後半女性 家族に認知症を疑われた方
普段は息子さんと二人で暮らしているAさん。ガンを患ってから、衰えが顕著に目立つようになった。
ある日のこと。
「財布がない!アンタが盗ったんでしょう!?」
そう言われた息子さんは気が動転した。
また、同時期から職場に様々な確認の電話が入るようになり、娘さんはイライラを募らせるようになった。
お子さん達が認知症の可能性を疑い、受診に繋がった。入室の際のAさんは、どことなくションボリしているように見えた。
診察室で長谷川式テストを受けるAさんを、固唾を飲んで見守るお子さん達。
テストの結果は、30点満点の29点だった。そして、透視立方体模写と時計描画テストは、いずれも正確に描画可能であった。頭部CTでは、目立った所見は認めなかった。
礼節は保ち、軽度の取り繕いと思える言動は認めるものの、それは「自分はまだ大丈夫だ」という気概の現れとも思われた。
「今のところ、認知症の可能性は非常に低いと思います。ガンの治療で体力が低下し、また身内の不幸も重なったことで気落ちして、普段の力を発揮できていないのかもしれませんね。」
そう話すと、Aさんは強く頷いて涙をこぼされた。
娘さんは
「でも先生・・・!」
と言いかけて黙った。当方の説明に納得がいかなかったのかもしれない。
息子さんは頷きながら聞いていた。思い当たることは色々とあるようで、こちらは納得がいったのかもしれない。
認知症外来受診は、これまでの親との関係を見直す機会になり得る
それぞれが、「自分がそうであって欲しい話*1」を聞きたいと願うなか、全員が納得するような話をすることは、いつも思うことだが難しい。
「認知症です」と診断することは、そこまで難しいことではない。
しかし、「認知症ではありません」と断定することは相当難しい。
そもそも、医学的診断とは「あるものをある」と指摘することだと思っている。「ないものをない」というのは診断ではなく、「そうあって欲しい(≒病気であって欲しくない)」という願望の吐露に過ぎない。
認知症ではないだろうと思っても、「認知症ではありません」という伝え方は不誠実だと感じる自分なので、「今の時点では、認知症の可能性は低いと思います」と留保付きで伝えるようにしている。
その方が、「今後気をつけていかなきゃ・・・」という気持ちになってくれる可能性があるし、そのような気持ちになってくれて初めて、糖質制限を軸とした栄養療法が認知症予防の威力を発揮するように思うからである。
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今までにない言動を親が示したときに、すぐに認知症に結びつけない方がよい。
それは、場合によっては親を深く傷つけ、その後の親子関係に大きな亀裂が入るかもしれない
「外来で認知症の可能性が低いと言われたから一安心♪」ではなく、かといって「先生はああ言ったけど、自分の目からは認知症にしか見えない!」と確証バイアスを拗らせる方向に向かうのでもなく、ただ
「年をとってきたんだね。色々心配なこともあるね。今後どう備えていくかを一緒に話そうか」
という機会を、認知症外来受診を切っ掛けに持って欲しいと願う。
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