「先生は、私の話を信じていない!」
憤慨しながら強い口調で話す夫を前に、僕は今日も深いため息をつく。
「あなたの話を信じていないのではありません。一生懸命なご家族ほど客観的になれなくなるものです。そうすると視野が狭まり、自分自身を追い詰めてしまうことがあります。
僕が別の見方を提示することで、あなたが客観的な視点を持つことが出来たら、今よりも少し楽になれると思うのですが。」
これまでに何度も繰り返されてきたこのやりとりに、正直なところ疲れている。
抑揚の少ない大きな声で話し続ける夫。その横で表情なく座っている妻。
夫は言う。
「私は一生懸命仕事をしてきた。そりゃあ、家にいる時間はあまりなく転勤も多かったから、女房には色々と苦労をかけたかもしれない。でも、男の仕事はそういうものじゃないか。」
そうですともそうですとも。医者の僕には、とても良くわかる話ですとも。
モラハラ。夫源病。大抵の夫にとっては他人事である。
一方の妻は。
趣味に没頭すると他のことが手に付かず、何時間も部屋にこもる人だった。
家事は疎かになっていたが、忙しく外で働いていた夫にとってはさほど気にならなかったのだろう。リタイアして初めて気づくも、時既に遅し。
仕事に明け暮れてきた夫。趣味に没頭してきた妻。
いまさら別れる訳にもいかない。
彼らは、何を求めて病院に来ているのだろうか。
妻は、「先生の顔をみるだけでホッとする」と言ってくれる。
夫はどうだろう。無表情の妻を尻目に言いたい放題言って、スッキリして帰っているのだろうか。
二人がそれぞれ持つ辛さや苦しみを僕が少しずつ背負い、二人が少しずつ楽になるのだとしたら。
それもまた医者の仕事なのだろうと思い定め、耐えるしかない。
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石蔵 文信
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