栄養を見直し、不要な薬は減らして止める。本当に必要な薬だけ残す。もしくは、少量足す。
何を足して何を引くか?その組み合わせは膨大である。
しかし落としどころさえ誤らなければ、ロジカルに攻めて一定以上の効果をあげることは可能だと感じている。
80代男性 認知症の相談だったが・・・
初診時
(既往歴)
〇年前に脳出血で手術 〇〇病院かかりつけ
ペースメーカー植込でプラザキサ内服中
(現病歴)
昨年からアリセプト開始(詳細不明)。特に改善なしと。最近妻が骨折で入院したが、以降目立って様子がおかしくなってきた。テレビに向かって怒ったり、夜中に砂糖を食べたりサラダにジャムをかけたり。
遠方より帰郷した娘さん達に伴われて来院。愛想はいいが眼に光がなく落ち着きがなく、ふんぞり返ってやや横柄。
(診察所見)
HDS-R:12
遅延再生:0
立方体模写:OK
時計描画:OK
IADL:1
改訂クリクトン尺度:19
Zarit:7
GDS:3
保続:なし
取り繕い:あり
病識:なし
迷子:なし
レビースコア:ー
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:ー
FTLDセット:4/4
頭部CT所見:左側頭葉は出血痕で萎縮かな
介護保険:要支援1
胃切除:なし
歩行障害:肥満で跛行?
排尿障害:失禁あり
易怒性:以前よりは怒りっぽい
傾眠:あり
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:
(考察)
遅延再生こそ0/6だが、アルツハイマー感は感じられない。食事の乱れ、甘いものへの嗜好の強まりなどから、鉄不足やタンパク不足はありそうに思える。
アリセプト5mg→2.5mgへの減量を提案。通常の病型には嵌まらない印象。レビー感やピック感も感じられない。
次回は採血結果説明。フェルガードの情報希望あり説明。今は、まず栄養面見直しと薬剤減量から手を付けましょう。
4週間後
ご希望あり、一旦処方を引き受ける。
内服をシンプルにするため、プラザキサはイグザレルトに。前回はアリセプトを減量しているが、「昔の父に戻ったのか?」という良い変化を感じつつあるようだ。
以下の様に薬剤調整。
- アリセプトは2.5mg→1.5mgに減量
- アレビアチン(抗てんかん薬)を200mg→100mgに減量
- マグミット1000mg→500mgに減量
- プラザキサ220mg→イグザレルト10mgに変更
また、フェリチン16に対してフェルム100mg開始。AST/ALT乖離にビタメジン50mg開始、γ-GTP軽度高値は以前からと。これはアレビアチンの影響を考えておく。降圧薬は減量、自宅測定を頑張って。ハルナール(前立腺肥大の薬)も一旦中止。
落ち着いたら地元かな。良い感じ。
4週間後
とても穏やかに過ごしているとのこと。
娘さん、奥さんの表情を見る限りは、現状大きなお困り事はないようだ。
今回からアレビアチンを100mg→50mgに減量。かかりつけに戻るかどうか確認したが、当面こちらに通いたいとのこと。
8週間後
更に活気が出てきたと。
- 少し便が硬い→マグミットを500mg→750mgに増量
- 認知面低下なし→ドネペジル卒業
- てんかん発作なし→アレビアチン25mgに減量
総じて順調。造花に毎日水をあげることに家族は苦笑い。自発性の表れではあるので、これはそのまま様子をみましょう。
次回は採血とHDSR、透視立方体模写と時計描画テストを。
8週間後
- HDSR15(1)
- 透視立方体模写と時計描画テストはOK
半年前の初診時よりHDSRは3点アップ。現在ADLは自立し大きなお困りごとはない。便秘も困るほどではないと。
今回でアレビアチンは終了。採血でフェリチン上昇が確認出来たら、次回でフェルムも終了かな。
良い経過。本人ご家族みな笑顔。
(引用終了)
医原性認知症とは?
高齢者は様々な事がきっかけとなり認知面低下を来すが、「認知面低下=認知症」ではない。
例えば脱水をきっかけにせん妄を起こすことは有名だが、夏だけではなく冬にもしばしば経験する。これは適切な水分補給で改善するため、抗認知症薬が不要であることはいうまでもない。
その他、伴侶の病気や知人の死なども認知面に大きな影響を及ぼす。これは水を飲んで解決というわけにはいかないが、かといって抗認知症薬が解決してくれる訳でもない。
今回の方は、
「慢性的にストレス耐性が低下していた状況下で、奥さんの入院が新たなストレッサー(ストレス源)として加わった結果、認知症様症状が一気に顕在化した」
という風に理解している。
ストレス耐性(ストレスに耐えうる力のこと)が低下する原因の筆頭は加齢であるが、低栄養状態もストレス耐性を下げる一因となる。
更にこの方の場合、過去の脳外科手術により脳が器質的に脆弱になっていた可能性も考えられる。
薬もまた、ストレッサーとなり得る。
- ①降圧薬による過剰降圧
- ②スタチンによる過剰なコレステロール低下
- ③抗認知症薬過量投与による神経伝達物質の撹乱
上記3つは高齢者臨床で頻繁に遭遇するストレッサーであるが、敢えて分類を試みるならば、①と②は静かに高齢者を弱らせるサイレント・ストレッサーで、③はとどめを刺すキラー・ストレッサーとでも呼べようか。
医療の介入により誘発された認知症(的症状)、つまり「医原性認知症」は、そこかしこで見受けられる。
www.ninchi-shou.com
薬剤誘発性であれば「薬剤性認知症」、入院という環境変化に伴うものであれば「環境変化型認知症」などと、医原性認知症には様々なバリエーションが考えられる。
今回の方は、様子がおかしくなってから付け加えられた薬はなかった。この場合、医原性(薬剤性)認知症と呼べるだろうか?
引き金を引いたのが奥さんの入院ではあれ、ストレス耐性を低下させる可能性のある薬剤を使用していたのであれば、それは広義の医原性認知症と呼んで差し支えないと思う。
フレイルの定義に、「他剤併用状態」を加えたい。
フレイルという概念をご存じだろうか。
フレイルの基準には、さまざまなものがありますがFriedが提唱したものが採用されていることが多いです。Friedの基準には5項目あり、3項目以上該当するとフレイル、1または2項目だけの場合にはフレイルの前段階であるプレフレイルと判断します。
- 体重減少:意図しない年間4.5kgまたは5%以上の体重減少
- 疲れやすい:何をするのも面倒だと週に3-4日以上感じる
- 歩行速度の低下
- 握力の低下
- 身体活動量の低下
フレイルには、体重減少や筋力低下などの身体的な変化だけでなく、気力の低下などの精神的な変化や社会的なものも含まれます。 次に、フレイル状態に至るとどのようなことが起きるか説明します。(健康長寿ネットより引用)
高齢者を診ていく上で基本とすべき概念だが、加齢による生理的衰えを中心に語られているように感じ、若干の物足りなさを覚える。
判定項目の6番目に是非、「5種類以上の薬を飲んでいる」と入れたいものである。
薬が増えれば有害事象は起きやすくなる。吟味されない他剤併用は、高齢者を弱らせる。*1
(高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015より引用)
漫然投与の可能性がある薬剤を見直して減量中止。併せて低糖質高タンパク食を指導。
今回の方の採血結果の推移は以下。
- 血色素量(HB): 9.9→12.9(改善)
- MCV:92.7→96.6
- HbA1c(NGSP):6.2→5.8(改善)
- AST(GOT):33→41
- ALT(GPT):16→26
- γ-GTP: 126→53(改善)
- 総 蛋 白:7.8→7.9
- 中性脂肪(TG): 280→168(改善)
- LDLーC:108→158
- HDLーC:53.3→57.1
- 尿素窒素:21.3→14.9
- クレアチニン:0.82→0.78
- フェリチン定量:16.6→44.8(改善)
脳出血によるてんかん発作は、入院中に一度だけあったとのこと。しかし、脳出血後7年以上経過したが、今のところ一度も発作を起こしていなかった。よって、抗てんかん薬は休薬出来ると判断して減量中止した結果、γ-GTPは改善。ASTとALT上昇は、蛋白摂取量増加に伴うものと考えた。
抗てんかん薬は脳の過剰な興奮を抑える作用を持つ。この作用を利用して、興奮しやすい認知症高齢者の夜間睡眠の一助としてデパケンを使用して上手くいくことはある。
しかし、高齢者の活気を落とすことにも繋がるため、常に減薬終了の機会を窺っておく必要のある薬剤である。
栄養面においては、フェルムで鉄補充を行うことで貧血は改善した。鉄の補充によりATP産生は効率化され、低糖質高タンパク食に切り替えることでHbA1cや中性脂肪値も改善した。
初診時116/54だった血圧は、降圧薬減量に伴い146/55に上昇。80代後半という年齢を考えれば、収縮期116は低すぎる。過剰降圧は活気低下の一因になり得る。
また、クレストール中止に伴い、LDL-Cは108から158に上昇し、HDL-Cも53から57にわずかに上昇。
心筋梗塞の既往のない高齢者のLDL-Cを、基準値より高値という理由だけで*2下げることにより得られるメリットよりは、むしろ活気低下や認知面低下をきたすというデメリットの方が多くの場合で勝ってしまう。
初診時の他院処方は以下。
- ディオバン(80)1T1X朝
- ノルバスク(5)2T2X朝夕
- クレストール(2.5)1T1X朝
- アリセプト(5)1T1X朝
- プラザキサ(110)2C2X朝夕
- アレビアチン(100)2T2X朝夕
- マグミット(500)2T2X朝夕
- ハルナールD(0.2)1T1X夕
そして、現在の処方は以下。
- アムロジピンOD(5)1T1X朝
- オルメテック(10)1T1X朝
- イグザレルト(10)1T1X朝
- マグミット750mg朝
- フェルム(100)1C1X朝
- ビタメジン(50)1C1X朝
薬剤の総量と種類をいずれも減らし、全て朝だけにまとめた結果、長谷川式テストは12点から15点にアップ。
また、家族負担の尺度になるクリクトンも19点から6点に減少し、家族満足度もアップ。そして、ADLは自立。ここまでに要した外来回数は5回で、総診察時間は60~80分ほどだろうか。
今後、1と2はレザルタスLD(降圧薬の合剤)に変更する予定なので、そうすると1剤減る。フェリチンが100を超えたらフェルムは終了にするし、ビタメジンもいずれは外せるだろうから、最終的には3剤になる予定。
長谷川式テスト15点/30点、遅延再生0/6をどう考えるかはそれぞれだろうが、何らかの変性性認知症の要素を感じない、かつADLが自立している80代後半の方に、抗認知症薬を処方する積極的な理由を自分は持たない。
薬の適応と適量は、患者さんと相談して決める。
抗認知症薬の過量投与、不必要投与による医原性認知症は、社会的にかなり注目されるようになった。
www.tekiryo.jp
しかし、生活習慣病の薬である降圧薬やスタチンなどによる認知面への悪影響は、まだまだ見過ごされているように思う。
また、栄養面に対する配慮が十分に為されていないケースも数多く見られる。
特に、低タンパクは活気の低下や薬の副作用の出やすさに繋がるため、常日頃からチェックしておきたい。
学会が推奨するガイドラインに沿った治療を行うことが"医師"には求められる時代であるが、"患者さん"に求められているのかは、また別の話。
(血圧ドットコムより引用。高血圧治療ガイドライン2014における降圧目標)
ガイドラインが定めた降圧目標は、年齢や合併疾患により「〇〇/〇〇mmHg未満」という上限が設定されている。しかし、下限は示されていない。
「とにかく上限を上回らないように、血圧は下げておけばよい」という考えは、容易に「過剰降圧」に繋がる。
学会やガイドラインが定めた推奨値に当てはまるように、薬を飲みながら生きていくことを希望する人もいれば、極力薬の世話にはなりたくないと考える人もいる。
本来、両者を等しくサポートすることが医者には求められるはずだが、「薬を飲みたがらない患者」は得てして煙たがられるものである。
「薬を飲むか飲まないかは、患者さんに委ねられる」という基本に立ち返らない限り、薬の適量を見極めることは難しい。
薬の適量を意識しつつ、同時に薬以外の提案*3も出来れば、自然と薬は少量投与に落ち着いていくものである。
少量投与で経過をみることが出来れば、滅多なことでは医原性認知症は起きないのである。