「精密検査」と聞くと、なにやら相当詳しいことが分かる気になる。
だが、「詳しい検査結果」と「その結果が治療方針に大きく関わる」かどうかは、また別の話である。
77歳女性 脳梗塞後
初診時
(既往歴)
脳梗塞で軽度右片麻痺後遺
(現病歴)
もの忘れと歩行障害を主訴に、近医受診。
水頭症の可能性を指摘され紹介となった。
持参のMRIでは確かにDESH(水頭症の画像所見)あり。右上肢にわずかに固縮あり。これは脳梗塞をしてからとのこと。顔貌はパーキンソン様ではある。頻尿はなし。歩行はやや小刻みかな。
ひとまずタップテスト(髄液排除試験)入院予約。
タップテスト入院後の外来
髄液排除前後での、自覚的他覚的な変化はなし。
3ヵ月おきの外来タップテストで経過をみていく。
かかりつけに返書作成。
3ヶ月後
この3ヶ月は変わりなく過ごせていると。ADL自立。
認知面、歩行面、排泄面での大きな問題はない。本日外来で髄液排除。次回2週間後に状況聴取。→変化なし
さらに3ヶ月後
特に変わりないと。本日も外来でタップ。→変化なし
さらに3ヶ月後
この半年、まったく変わりなく元気だと。パーキンソニズム悪化もなし。
今回は髄液排除は見送る。本人も納得。
画像は典型的AVIMなので、外傷などには十分注意を。
次回は半年後に。
(記録より引用終了)
AVIM(Asymptomatic Ventriculomegaly with features of Idiopathic normal pressure hydrocephalus on MRI)とは?
無症候(症状はない)ではあるが、MRI所見で特発性正常圧水頭症の特徴を示すものを、AVIMと呼ぶ。
個人的な意見だが、MRIではなくCTでも問題ないと思う。ただし、冠状断画像は必須である。
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AVIMの方は、将来的に水頭症を発症するかもしれないので、しっかりフォローするようにしている。この方の頭部CT画像はこちら。立派なDESH所見である。
ちなみに下記記事では、AVIMから頭部外傷を期に水頭症を発症し、LPシャント手術で改善した方を紹介している。
www.ninchi-shou.com
ダットスキャン(DAT-scan)やSPECTの結果から考えること
この方は、脳梗塞を起こしてからやや表情が暗くなり、身体の動きが固くなり、物忘れを自覚するようになったとのこと。ただし、当方が行った長谷川式テストは28/30で遅延再生は6/6と、大きな問題は認めず周辺症状もない。
かかりつけ医は、物忘れの訴えを聞いた時点で大病院の神経内科に紹介。そこでは、MRIとSPECT(脳血流検査)、そしてDAT scan(ドパミントランスポーター低下の有無をみる検査)が行われた。その結果、神経内科医は
- SPECTでは脳血流の左右差はなし。前頭葉と側頭葉の血流低下はやや目立つ。
- DAT scanでは左右差のある集積低下を認める。
- パーキンソン病>レビー小体型認知症の印象。ただし特発性正常圧水頭症の関与は否定できないのでタップテストはした方がよい。
- MCI+パーキンソン病と考えて、対症療法としてL-dopaを開始してはどうだろうか?
このような見解の報告書をまとめた。DAT-scanの結果はこちら。
確かに集積低下と左右差を認める。しかし、この方は脳梗塞後であることを考慮する必要がある。同部位のCT画像はこちら。
脳梗塞痕(尾状核出血痕かもしれないが)の影響で基底核のドパミン取り込みが低下した結果、DAT-scanで左右差が出ている可能性を考えなければいけない。
この方を診て自分は
- 脳梗塞後から様々な訴えが出ているので、物忘れの自覚や身体の固さ、若干の小刻み歩行などは、脳梗塞後遺症としての脳血管性パーキンソニズムと考えた方がいいだろう。
- そうすると、「まずドパミン製剤を試す」という考えに対しては慎重であるべきだろう。
- 複数回髄液排除を行って変化がなく、また経過中に症状の進行はない。少なくとも正常圧水頭症疑いに関しては、当面このまま経過観察でいいだろう。
と判断した。
- AVIMではあるので、将来的に水頭症症状を呈してきた場合にはLPシャントを検討。
- パーキンソン病の特徴を複数兼ね備えてきた場合にはドパミン製剤開始。
- 物忘れ症状の進行を認めた場合には、リバスタッチ開始。
このようなことを念頭に置きつつ、慎重に経過をみていけばよいだろう。
画像診断の結果をどのように治療に生かすべきか?
今回の方は、前もって脳梗塞後ということが分かっていた。そして、訴える症状も脳梗塞後からである。つまり、「本人の訴えと脳梗塞との間には、因果関係がありそうだ」ということ。
このような方に対してSPECTやDAT-scanを行うことに、どれほどの意義があるだろうか?
基底核〜放線冠にかけての脳梗塞であれば、基底核のドパミン取り込み低下が起きているであろうことは、事前に予測が付く。
また、脳梗塞後は異所性(脳梗塞の箇所とは離れたところで)の血流低下を来すことがある(遠隔機能障害)ので、SPECTでの局所血流低下を認めた場合、それが脳梗塞後の影響なのか変性疾患による血流低下なのか、正確な判断が難しいことがある。
遠隔機能障害については、ちょっと古いがこちらの文献をご参考に。
認知症診断の為のルーチン検査(この施設は大抵セットで行っている)としてSPECTやDAT-scanまで行った結果、治療方針の提案が
「MCI+パーキンソン病と考えて、対症療法としてL-dopaを開始してはどうだろうか?」
であれば、折角の検査が実際の治療に大きく寄与したとは言い難い。このレベルの提案は、SPECTやDAT-scanを行うまでもなく可能である。提案内容が適切かどうかは、また別の問題ではあるが。
これではいわゆる「高額医療機器の無駄遣い」といわれても仕方が無い。
何が言いたいかというと、
「事前にあらかじめ結果が予測される、またはその結果で治療方針が大幅に変わるわけではない検査をルーチンで行うことは、本人家族の負担及び国の負担を考えると控えた方がよいのでは?」
ということである。
次回に続く。