容態悪化の報を受けて父の入院先に向かって車を走らせる道すがら、幼い頃の記憶を手繰っていた。
亡くなる前日のこと
読書好き、特に歴史経済好きという自分の特徴は、間違いなく父から受け継いだものだった。他には、今では全くすることがなくなったが、将棋や釣りを教えて貰ったことなどを想い出した。
母にガミガミ言われながら、父と兄と自分の3人でセブンスターを猛烈に吹かしていた20数年前のことも、何故だか想い出された。
ふと、後部座席の子供に声をかけた。
「じいちゃんとの楽しい思い出ってある?」
すると、即答で
「ちゃんばらごっこ!!」
と返ってきた。
「もう、ちゃんばらごっこは出来ないね。」とは言えなかった。
当日朝のこと
出勤前に、入院先に寄った。
前日の夜は38度まで熱が上がるも、見舞った時には36度3分まで下がっていた。ただし、下顎呼吸は確実に弱まってきており、排尿もほぼなかった。終わりの刻は近い。
一瞬父の目が開いた。
対象物を認識出来る力は既に無かっただろうが、思わず
「おー、分かる?」
と声をかけ、肩を揺すぶった。
その時に自分が抱いた気持ちは、今でも覚えている。それは、期待と不安だった。
「ひょっとして、ここから・・・!」という期待と、「これでもう、最期か・・・」という不安。未来への期待と、儚さへの不安。
若かりし日の父が、生まれたばかりの息子を抱いたときに感じたであろう期待と不安は、40数年の時を越えて、やや形を変えて息子の胸に去来した。
一度開いた目はすぐに閉じ、その後再び開くことはなかった。
そして、父はこの世を去った
仕事を終えて入院先に立ち寄り、しばらく様子を見守った後に一旦自宅に戻った。
その後程なくして連絡があり、最期を見届けるために病院に向かった。
小康状態となったので妻子と母を一旦家に帰し、病室で父と二人になった。糸のようにか細く浅い呼吸と、時折の深い呻吟が、時間の止まった病室に静かに響く。
「オレは帰って来れるのか?」と、入院前に不安そうに父が言っていたことが想い出され、涙が滲んだ。すまない。帰してあげられなかった。
心拍数が30台に落ちては70台に戻る。血圧は80を切り、四肢は冷たくしっとりとしてきた。父を未だこの世に繋ぎ留めているものは何であろうか。誰かを待っているのか。
再び母と妻子を呼び、いよいよかという頃合いで兄が到着した。
その10数分後。
父は自由な魂となって虚空に散った。
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