鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

高齢発症の側頭葉てんかんについて。

 MMさんは84歳の男性である。

 

当院のもの忘れ外来を受診したが、長谷川式テストはほぼ満点だった。認知症の可能性はほぼなかったのだが、「記憶が飛ぶ」、「ボーッとしている」という訴えから、認知症ではない別の病気の可能性が浮上した。

84歳男性 「記憶が飛ぶ」というご相談で来院

 

初診時

 

娘さんと二人で来院。独居。

(既往歴)

特記事項なし

(現病歴)

娘さんが電話で外来予約。

 

特に困っているという程でもないのだが、話をしていて「記憶が飛んでいるのでは?」と感じる事が多くなった。これまで、買い物に行って3回ほど自宅に帰れなくなった事がある。その時はタクシ-で帰ってきた。食欲がないのか準備が面倒なのか、最近は一日2食しか食べない。

 

また、転倒することがやや増えた。先日も転んで頭部を打撲し、〇〇脳外科を受診した。認知症の可能性について相談したら、「よそに聞いて」と言われた。

 

(診察所見)
HDS-R:29/30
遅延再生:5/6
立方体模写:OK
時計描画テスト:10時10分に相当苦戦
IADL:2
改訂クリクトン尺度:8
Zarit:4
GDS:6
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:あり
DLB中核症状:1/4
rigid:なし
幻視:なし
FTD中核症状:1/6
語義失語:なし
頭部CT所見:海馬石灰化あり
介護保険:未申請
胃切除:なし
歩行障害:年齢相応
排尿障害:あり パッド着用
易怒性:なし
過度の傾眠:なし

(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:てんかん

(考察)

 

亡くなったお母さんが生前、娘さんに「お父さんは時々ボーッとしている」と言っていた。

 

今でも、急に顔をしかめて唸り出すことがたまにあるとのこと。本人の話では、「記憶が飛んでいる気がする」とのこと。


CTで海馬に石灰化あり。てんかんの可能性濃厚。最近増えている転倒も、歩行中にてんかん発作を起こしているからなのでは?

 

今日は採血。介護保険の話も軽くした。

 

1週間後

 

採血結果は特に問題なし。

 

特に食事中に、意識が途切れて口部自動運動を起こしているようだ。家族3人が確認しているので、やはりてんかんでいいだろう。

 

イーケプラ開始。250mgx2で。

 

2週間後

 

内服開始1週目の土日で、娘さんは活気や意欲の改善を何となく感じていたようだ。


昨日、「おれはもう治った!フラツキがなくなった。片足立ちでズボンを穿けるようになった!」と興奮気味に娘さんに言ったとのこと。フラツキという形で発作の自覚はあったようだ

 

診察室での表情も明るい。今回は1ヶ月観察で。イーケプラ250mgx2著効。

 

(引用終了)

 

てんかんについて

 

以下の動画が、一般的なてんかんのイメージだと思う。

 

 

てんかんとは慢性の脳の病気で、大脳の神経細胞が過剰に興奮するために、脳の症状(発作)が反復性(2回以上)に起こるものである。発作は突然に起こり、普通とは異なる身体症状や意識、運動および感覚の変化が生じる。明らかなけいれんがあればてんかんの可能性は高い。(てんかん治療ガイドライン2010より引用)

 

てんかんとは突発的に脳細胞が過剰活動(興奮)してしまう病気のことで、大人でも子供でも100人に1人に起きうる有病率の高い病気である。

 

脳卒中や頭部外傷で脳の一部が傷ついた方が起こすてんかんは、「症候性てんかん」と呼び、それ以外のてんかんは特発性てんかんと便宜上呼び分けられている。ちなみに「特発性」とは、原因不明という意味である。

 

てんかん発作は、「全般発作」と「部分発作」の二つに分けて捉えると理解しやすい。

 

全般発作

 

発作当初から脳全体が興奮し、意識は途絶える。強直間代発作が最も有名。上掲した動画は、強直間代発作の様子である。

 

  • 強直発作)意識喪失と共に、全身を硬直させる発作
  • 間代発作)意識消失の直後にガクガクと全身がけいれんする発作

 

部分発作

 

脳全体ではなく、特定部位が興奮する発作。意識は保たれる場合と消失する場合とがあるが、単純部分発作から始まって、その後意識が途絶え全般発作に移行することもある(二次性全般化)。

 

  • 単純部分発作)意識は保たれる発作。例えば、「右手だけ律動的に痙攣する」といった発作。
  • 複雑部分発作)意識が消失する発作だが、脳全体が興奮しない。

 

高齢者のてんかんは、側頭葉てんかんが多い

 

加齢に伴い、脳卒中を起こすリスクは増す。脳卒中を起こすと、脳は器質的に(≒物理的に)傷つく。脳が傷つくと、その場所を中心に脳細胞が過剰活動を起こす可能性が高まる。

 

従って、加齢に伴い症候性てんかんは増えていく。

 

「うちのお爺ちゃん、脳出血をしてから痙攣するようになった」

 

これは、症候性てんかんである。

 

では、高齢者でてんかん発作があり、かつ、脳梗塞や脳出血などの器質的損傷をCTやMRIで認めない場合には、どう考えたらよいか。

 

そのような場合、認知症の可能性はひとまず考える。

 

認知症とは、神経細胞が変性脱落していく器質的疾患である。認知症の進行に伴い脳が萎縮すると、神経細胞間の連絡にエラーが発生しやすくなる。その結果、てんかん発作が起きる確率も高くなる。

 

てんかんのある患者さんに長谷川式テストなどを行い、その結果認知症の可能性が高ければ「認知症由来のてんかん」と考えたらよい。

 

今回紹介したMMさんは、長谷川式テストで29/30という結果から認知症は否定的だった。そして、

 

  • ボーッとしていることがある
  • 急に顔をしかめて唸ることがある
  • 記憶が飛ぶことがある
  • 意識が途切れ、口をモグモグしている

 

このような症状から、てんかんを疑った。

 

高齢者発症のてんかんで最も多いと言われているのが、「側頭葉てんかん」である。

 

側頭葉てんかんの発作焦点は海馬にあるので、海馬の突発的な異常興奮によって記銘力が障害されると、あたかも認知症のように見えてしまうことがある。発作中に本人の意識はないことが多いので、側頭葉てんかんの発作タイプは、複雑部分発作となる。


海馬は両側にあるので、どちらの海馬でてんかん発作が起きるかで症状も異なる。

 

左の海馬で発作が起きると、言語性記銘力が低下することが多い。具体的には、

 

  • 人の名前を忘れる
  • 込み入った話の理解力が低下する
  • 適切な言葉が出てこない

 

といった症状が出やすい。


これに対して、右側の海馬で発作が起きると視覚性記銘力が低下する。具体的には、

 

  • 行ったことのある場所がわからなくなる
  • 人の顔が分からなくなる

 

といった症状が出る。

 

ただ、右と左が厳密に仕事を分担しているわけではなく、左の海馬発作でも視覚記銘力が低下することはある。

 

CTで側頭葉内側に石灰化所見あり

 

以下は、MMさんの初診時の頭部CT画像である。

 

CTで海馬に石灰化あり

 

両側の側頭葉内側に石灰化を認める。

 

この石灰化がてんかん発作の焦点になっているのかどうかは、分からない。脳波検査で発作焦点の推測が付くことはあるが、てんかんが疑われる高齢の患者さんに対して自分は脳波検査を積極的には行っていない。

 

脳波で何も異常所見がないからといって、「てんかんではない」とは言えない。「複数回観察される同じような発作」の有無が最重要である。

 

もし石灰化の部分が発作焦点になっているのであれば、特発性(原因不明)てんかんではなく症候性(器質性)てんかんということになるが、そこにもあまり拘っていない。


「海馬石灰化=側頭葉てんかん!」という短絡は勿論御法度だが、側頭葉内側に石灰化があり、且つてんかん症状があれば、石灰化は有力な画像所見となる。

 

ちなみに、側頭葉てんかんを伴う「海馬硬化症」という病気(病態)がある。

 

MRIでの海馬の萎縮や輝度の変化で診断されるのだが、成書を読む限りは「海馬の石灰化=海馬硬化症」という訳ではないようだ。海馬硬化症のMRIでみられる海馬内部構造の破壊までは分からないが、

 

  • 海馬の萎縮や輝度の変化
  • 側脳室下角の拡大

 

といった特徴は、意識すれば何となくCTで追えなくもない。

 

高齢者側頭葉てんかんの治療について

 

若年者の難治性(薬によるコントロールが困難)てんかんであれば、手術による海馬切除は治療選択肢の一つになるが、高齢発症の側頭葉てんかんは薬物治療への反応が良好なので、手術が必要となるケースはまずないと思われる。

 

薬剤治療とはつまり抗てんかん薬の内服になるのだが、最近は専らイーケプラかデパケンを使うことが多く、個人的にはイーケプラが第一選択である。

 

部分発作の第一選択薬は長らくカルバマゼピン(テグレトール/CBZ)だったが、先日改訂された「てんかん診療ガイドライン」では、テグレトール以外にもイーケプラ(LEV)、ラミクタール(LTG)、エクセグラン(ZNS)、トピナ(TPM)が加わり、これら5つの薬剤が部分発作の第一選択薬として推奨されていた。ちなみに略語表記は、薬剤一般名を現している。

 

テグレトールやラミクタールは薬疹のことがあり、高齢者では相当使いにくい。 

 

イーケプラやデパケンは眠気が問題になるが、デパケンであれば眠前200mg~400mg、イーケプラであれば250mgx2、もしくは500mgx2、500mgx1(眠前)といった使い方であれば忍容性は高い。*1

 

加齢に伴い、側頭葉内側に石灰化が見つかるケースは増えていく。

 

Hippocampal calcification on brain CT: prevalence and risk factors in a cerebrovascular cohort | SpringerLink

 

65歳以上の長期入院患者738名の調査で、てんかん有病率が11.2%あったという報告もある。(臨床神経 2014;54:1146-1147)

 

認知症外来で側頭葉内側石灰化を見つけた時には、念のために側頭葉てんかんの可能性を念頭に置いて診るのがよいだろう。

 

勿論、症状が最も大事なのは先般書いたとおり。

 

自分の認知症外来では、問診票に以下の項目を設置して拾い上げに努めている。

 

  • 一点を凝視してボーッとし、呼びかけに反応しないことがある
  • 呼びかけに反応せず、口をモグモグしたり、手をもぞもぞしていることがある
  • 一過性に、「妙な臭いがする」、「胃がむかむかする、めまいがする」と言うことがある

 

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*1:デパケンは、鎮静を期して使うこともある。デパケンをうまく組み合わせると眠剤不要、もしくは眠剤の減量に繋がることもある。イーケプラは、たまにだが易怒性に繋がることがあるので注意。