もの忘れと、妻への易怒性発揮を主訴に来院されたKWさん。
頭部CTで水頭症の画像所見と脳萎縮の左右差を同時に見つけた時、将来必要になるかもしれない工夫について考えてみる。
70代男性 軽度認知障害(MCI)
初診時
(既往歴)
特記事項なし
(現病歴)
昨年夏頃からもの忘れが目立つように。普段は卓球をしたりなど活動的。
妻の言い方に激高して易怒を発揮することがあると娘さん。
8ヶ月前に、〇〇病院で水頭症の可能性を指摘された。また、現在〇〇診療所で漢方薬を貰っている(詳細不明)。
(診察所見)
HDS-R:23
遅延再生:2
立方体模写:OK
時計描画テスト:OK(先週〇〇診療所で行ったCDTでは、文字盤に5,10、15と書いていった)
IADL:4/5
改訂クリクトン尺度:10
Zarit:15
GDS:1
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
DLB中核症状: 0/4
rigid:なし
幻視:なし
FTD中核症状: 3/6
語義失語:なし
頭部CT所見:明瞭な右萎縮
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:妻への易怒性、暴力
過度の傾眠:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:△
その他:MCI NPH
(考察)
礼節は保つ。退室時には握手を求めてくるなど、若干表出過剰な点はあるものの、FTLDらしいとまでは言えない。
ADLは自立し、病識はある。HDSR23/30は要注意。フェルガード100Mで対策開始。
(引用終了)
抑制系薬剤投入のタイミングを図るために、脳萎縮の左右差に注目しておく
頭部CTのAxial像を以下に示す。
明らかに、左と比較して右側頭葉は萎縮している。これは、今まで受診した病院では指摘されていない、とのこと。
次に、Coronal像を示す。
「squareに押し拡げられたシルビウス裂」というのは、水頭症によるシルビウス裂拡大と、側頭極の退縮に伴うシルビウス裂拡大とを区別するために、個人的に重視しているポイントである。
CTで水頭症の所見を認めても、実際に水頭症の三徴候を呈していないことは多々あるため(AVIM)、その確認は重要である。
正常圧水頭症の三徴候とは、『すり足歩行・頻尿尿失禁・認知機能低下』である。
このうち、すり足歩行と頻尿尿失禁は、KWさんには該当しない。では、認知機能低下はどのように考えるべきか。水頭症によるものかもしれないし、前頭側頭葉変性症(前頭側頭型認知症)によるものかもしれない。その正確な区別は、現時点では困難である。
問診項目では、
- 物事に関心を示さず、素っ気ない態度を取るようになった
- 相手に共感を示したり、何かに感情移入したりすることが減った・無くなった
- 同じ動作を繰り返し続けるなど、周囲には理解しがたいことに異常に拘る
この3点にチェックが付いていた。
これは前頭側頭型認知症を疑うべき所見だが、KWさんには目立った語義失語はなく、また、「ピック感」を感じることもなかった。ただし、奥さんが病気療養中にKWさんがとった行動(娘さんから聴取)は、反社会的と言えなくはなかったが*1。
結局、自分が下した診断は「MCI-FTLD(NPH)」。*2
ADLが完全に自立し病識もある現時点ではMCI(軽度認知障害)だが、将来的にはFTLD(前頭側頭葉変性症)とNPH(正常圧水頭症)を考慮すべき、という意味である。
奥さんに対する易怒性発揮が家族の悩みのようだったが、娘さん曰く、「お母さんの言い方も相当キツイから・・・」とのことだったので、抑制系薬剤を初回からは投与せずに、フェルガード100Mによる認知機能維持と易怒抑制効果に期待することにした。ご本人、ご家族もそれで納得してくれた。
今後、陽性症状が目立ってきたら抑制系薬剤を迷わず投与する。
それよりも先に、活気の低下とすり足歩行が目立ってきたら、髄液排除試験を行いLPシャント術を検討する。
www.ninchi-shou.com
その際に注意すべきは、『前頭側頭葉変性症の陽性症状が、水頭症でマスクされているかもしれない』、ということである。
髄液で脳が圧迫されると、活気がなくなりボーッとなるものだが*3、髄液による脳圧迫がシャント手術で解除されたあとに陽性症状が前面に出てくることを、これまでにしばしば経験してきた。
それを見越して術前から抑制系薬剤を投入しておくのだが、そのためには前頭側頭葉変性症の可能性を把握しておく必要がある。最低限、頭部画像における『脳萎縮の左右差』の把握はしておきたい。
術後の爆発を予想して術前から抑制系薬剤を投入しておく手法は、FTLD以外にも応用している。以下は、ATD+NPHの方の例。ご参考までに。
www.ninchi-shou.com