認知症絡みの事件がニュースになる度に、
こういうことが気になるのは自分だけではないと思う。
flickr photo shared by JeanneMenjoulet&Cie
92歳の母親を殺害した71歳の息子
最早、珍しくもなくなったこの手のニュース。
しかし、目にするたびに「なんとかならなかったのか・・・?」と常に想う。
煽るような筆調は如何なものかと思うが、このような書き方はどのマスコミも基本的には同じである。せめて危機感は持っているのだと思いたい。
さて、自分が処方内容を問うのは、
- 突発的な易怒や、妄想に囚われる頻度が高い患者に、抗認知症薬だけ出していないか?
- そうだとしたら、それは「抗認知症薬の影響」が犯罪に至る後押しをした可能性がないだろうか?
ということが気になるからである。
処方した医師の責任云々というレベルの話ではなく、処方内容と患者さんの普段の行動や言動などから、その処方が適切だったかどうかを皆で検討し社会全体で共有することが、同様の事例発生を防ぐきっかけになり得るのではないか?と思うからである。
「抗認知症薬の適量処方を実現する会」発足 ~副作用の実態調査を | 認知症ねっと
向精神薬は処方するなで、本当にいいのか?
「向精神薬は基本的に使用するな!」というのが、現在の認知症診療のスタンダードらしいが、その方針を貫く権威の方達に、
「このような事例に対して、あなた達ならどのように対処しますか?」
とマスコミはインタビューをしてほしい。権威達は
「アリセプトやメマリーやリバスタッチやレミニールを出して、あとは少量の抑肝散です。それ以外は介護で頑張ってもらいます」
とでも返答するのだろうか?それとも、
「そうなる前に手を打っておくべきなので、ある程度自己責任の範囲でしょう」
であろうか?
綺麗事は沢山だ!
と感じている医療関係者は多いと思う。
期待できる介護力や利用できる個人資源、社会資源、人的資源、その他様々な点で日本全国一律でも何でもない。日本全国一律なのは、「薬」のみである。北海道だけにある薬、沖縄にはない薬、など存在しない。
あらゆるシチュエーションに平等に対応出来る可能性があるのは、「薬」だけなのである。勿論使い方が重要なのは当然として、緊急時に対応するという意味で薬の重要性は計り知れない。
この記事によると、亡くなった92歳の女性は80歳半ばを過ぎて認知症が進行してきたようだ。この時点で、アルツハイマー型認知症の可能性はぐっと低くなってくるだろう。
ころっと態度を変えたり高い易怒性を持っていたりなど、AGD(嗜銀顆粒性認知症)であった可能性はないだろうか?また、ある程度社会性を保ちつつも妄想に取り付かれると常軌を逸する点などは、遅発性パラフレニアの要素は感じられないだろうか?
いずれにせよ、少量向精神薬の出番があった可能性はある。
もし抗認知症薬のみによる認知症治療であったとしたら、その処方が効を奏していたとは言いがたいし、むしろ状況を悪化させていた可能性はないだろうか?(このニュースで処方内容には触れていないので、ここでの話はあくまでも仮定であることは了解頂きたい。)。
こういう作業を一つ一つ積み重ねていかないと、いつまで経っても
介護疲れが原因か?
行政のサポート体制に問題があるのでは?
などという議論の中で堂々巡りになってしまう。
ここで司法の無情さを指摘しても益がないので止めておくが、せめて処方内容が分かれば、後々のための議論が出来るのではないか?と思った次第である。
それにしても切ない。切ないニュースである。