先日、「認知症ではない方に抗認知症薬が処方されている」という内容のニュースがNHKで報道された。
NHKが取り上げることで、事の重大性が世間に周知されることに期待したい。恐らく、全国的には年間数万人レベルで不要な抗認知症薬処方が行われていると推測する。
「MRI信仰」が妨げる認知症の診断
一般的に考えられている「認知症の診断」とは、どのようなものだろうか?
「頭のMRIをとったら大体わかるんでしょ?」
「認知症ってアルツハイマーのことでしょ?」
このようなイメージを持っている人達が多い。
めまいやフラツキを主訴に受診し、頭のMRIを撮影した方を例に挙げる。
特に何も画像所見はなく、「大丈夫だと思いますよ」と説明するが、60歳を超えている方であれば大抵その後に
「先生、アルツハイマーは大丈夫かね?」
と聞いてくる。
大抵の方は、MRIを撮れば頭の中のことは全て分かると考えている。自分はこれを「MRI信仰」と呼んでいるのだが、実は医師にも多い。
他院の医師と認知症診断の話をする時、「初診時は必ずCTを撮影しています」と自分が話すと、「何でMRIではないんですか?」と怪訝な表情をされることがちょくちょくある。果たして本当にMRI>CTなのか?
時折セカンドオピニオンの依頼を受けるが、患者さんが持参するMRI画像は、殆どが軸位断のみである。そして、軸位断で得られる情報のみで診断に近づくことは、大抵は困難である。折角MRIを撮っているのに、これではちょっと勿体ない。
頭の中は、3つの方向から眺めた方がよい
軸位断(Axial)とは
天井を向いて仰向けになって寝ている状態を輪切りにした画像。
冠状断(Coronal)とは
顔を正面に向けた状態を、輪切りにした画像。
矢状断(Sagital)とは
顔を横から見た状態を、輪切りにした画像。
上記3枚の頭部画像だが、軸位断と冠状断は同一患者さんの画像である。初診時の病院では、軸位断のみの頭部MRIを行い、診断は「アルツハイマー型認知症」。で、お決まりのアリセプト処方。
当方で行った頭部CT3方向と長谷川式テスト、そして実際の症状から、診断は「特発性正常圧水頭症」。アリセプトを止めてLPシャント手術を行い、症状は劇的に改善した。家族からすると、
「何でMRIを撮ったのに分からなかったんだろう?」
と腑に落ちなかったようだ。
CTよりMRIの方が優れている?
性能や撮影内容などにもよるが、頭部MRIの撮影時間は20~30分はみておく必要がある。その点、頭部CTは5分もかからない。海馬萎縮の有無や萎縮の左右差、陳旧性出血痕や梗塞痕の有無など、CTでも多くの情報が得られる。
自分は初診時の頭部検査をCT first(3方向)で行っている。以下に、CTとMRIの特徴をそれぞれ挙げる。
CTの特徴
- 撮影時間が短いため、長時間じっとしていることが困難な患者さんや高齢者には、受けやすい検査。
- MRIよりはお値段的に安い。
- 被爆の問題があるため、短期間に何度も行うことは身体への負担が大きい。
MRIの特徴
- 造影剤を使わずに、血管の情報を得ることが出来る。これが個人的には最も大きいMRIのメリットである。
- 撮影時間が長い。また、動くと画像が乱れてしまう。
- 放射線検査ではないので、CTのように被爆はしない。しかし、ペースメーカーやその他の体内金属が埋め込まれている方は、撮影出来ないことがある。
医師も患者も、誤診の可能性は常に想定しておく必要がある
そもそも論だが、間違えることよりも「間違いに気づけない、気づいても修正できない」ことの方が問題なのである。
画像だけで認知症を診断することは困難だが、症状のみで診断することにも危険はある。
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認知症診療における優先順位としては「病名をつけること」よりも、「今困っている症状に対応する」ことに軍配が上がる。誤診することを恐れる余り膨大な検査を行うよりは、
「自分の診断が違っていたら、薬で〇〇のような症状が出るかもしれないので、その場合には内服を中止して下さいね」
と患者さんに伝えておく方が、リスクマネージメントの観点からしてもよっぽどリーズナブルである。
あと重要なのは、
「認知症専門医も、しばしば間違える」
という事実である。
「専門医を受診しておけば間違いない」という考えは、もはや古い。それよりも、患者さんや家族が自ら勉強することの方が、よっぽど大事である。
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