前回の記事は以下。
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今回は、具体的なNACの使用例をご紹介。
10代後半女性 インフルエンザ後から持続する健忘
39度の熱発があり近医を受診。簡易診断キットでインフルエンザが陽性であった。
若年でかつ独り暮らしであったことが考慮されたのか、抗インフルエンザ薬ではなく、PL(総合感冒薬)を処方された。ちなみに、PLを飲んだのは今回が初めてだったとのこと。
(シオノギ製薬HPより引用)
飲んだ翌日からじんま疹が発生し、皮膚科を受診し軟膏が処方された。その後およそ2週間、頭がはっきりとしない状態が続いていることが気になり、心療内科を受診。「慢性疲労症候群かも・・・」と言われたが、特に投薬はなかった。
その後、知人を通じて当院を紹介され来院された。
必要ないとは思ったが一応、長谷川式テストは行った。結果は予想通り満点。
同伴したお母さんが言うには、
自分が話したことを「そんなこと言ったっけ?」という感じで覚えていないことが多いんです。以前はなかったことです。
とのこと。
本人が言うには
本を読んだり勉強したりしていても頭に残らないんです。
とのことであった。
ここまで話を聞いて気になったのはやはり、「PL」である。
PLとは、「サリチルアミド+アセトアミノフェン+無水カフェイン+ブロメタジンメチレンジサリチル酸塩」の配合剤で、いわゆる総合感冒薬である。それぞれの成分と配合量を以下に記載する。( )内は、いずれもPL1g当たりの配合量である。
- サリチルアミド(270mg)・・・非ステロイド性の抗炎症成分
- アセトアミノフェン(150mg)・・・中枢に作用する解熱鎮痛成分
- 無水カフェイン(60mg)・・・覚醒作用
- ブロメタジン(13.5mg)・・・フェノチアジン系の抗アレルギー成分
この女性は「飲んだのは2〜3回」と言っていたので、PLを2g〜3g内服したことになる。
ここで、「ライ症候群」について簡単に触れておく。小児のインフルエンザに対しては、アスピリンはもとよりPLの処方は原則禁忌である。
オーストラリアのライらが1963年に報告したもので、急性脳症に肝臓などへの脂肪の沈着を伴う病気です。ウイルス感染症(とくに水痘とインフルエンザ)に続発し、解熱薬として内服したアセチルサリチル酸(アスピリン)も誘因となって、脳と肝臓の機能障害を来します。乳幼児に多くみられますが、アスピリンの使用を禁じる警告が出てから発病数はかなり減りました。(こちらより引用。赤文字強調は筆者による。)
今回の方は小児ではないが、まだ若くとてもほっそりした方であった。
お母さんからは「昔から、市販の風邪薬はことごとく合わなかった」という情報も聞けた。薬剤過敏の要素を持つ人が総合感冒薬で眠気がくることは多い。
PLの成分であるサリチルアミド(サリチル酸)によって、もしくはブロメタジンの抗ヒスタミン作用によって、「前向性健忘」を来している可能性を考えた。
前向性健忘とは、記銘力の低下、即ち新しいことを覚える力が衰えている状態のことを指す。
その後の経過
発症からは既に2週間以上経過し、少なくとも悪化傾向ではなかった。
そのまま自然回復を狙うのもアリかなとは思ったが、ご本人、特にお母さんの様子からは強い不安が感じ取れたので、少しでも早い改善が狙って思いついたのがNAC。*1
作用機序と改善の可能性についてご本人とお母さんに説明し、朝夕1カプセル(600mg)ずつ内服してもらうことにした。
その2日後に紹介して頂いた知人から連絡があり、「普段通りに戻っている」とのことであった。
アセトアミノフェン中毒について
ここでちょっと脱線して、アセトアミノフェンの大量摂取によって中毒症状を来す「アセトアミノフェン中毒」について説明する。
アセトアミノフェンが体内に入ると、肝臓の代謝酵素CYP2E1により代謝され、N-アセチルパラベンゾキノニミン(NAPQI)となる。NAPQIは肝毒性の強い物質だが、通常グルタチオンが解毒してくれるので問題にならない。
しかし、アセトアミノフェンの大量摂取によりNAPQIが大量に産生されグルタチオンが枯渇してくると、非常に毒性の強いN-アセチル-P-ベンゾキノン(p450による代謝産物)という物質が蓄積してくる。
アセトアミノフェン中毒の背景では、このようなことが起きている。重要なのは、
- アセトアミノフェンではなく、その代謝産物の毒性が強い
- グルタチオンが枯渇することで起きる
ということ。
急性期治療は通常、アセチルシステインの内服になる。大量摂取からの時間が短ければ胃洗浄を行い、経鼻胃管からアセチルシステインを複数回投与する。勤務医時代に数名経験したことがあるが投与量は忘れていたので、手元にあった今日の治療薬(2016)で調べてみたところ、体重50kg換算で66500mg/18回という量であった。
要は、枯渇したグルタチオンを、その前駆物質であるアセチルシステイン投与で補充しようという治療である。
ちなみに、どれぐらいの量のアセトアミノフェン内服で中毒が起きるのかについてだが、250mg/kg以上が危険領域らしい。
体重60kg換算だと15000mg。カロナール500mg錠だと30錠、ノーシンだと50包に相当する。
解毒目的のNAC
今回の方の体内で起きたことは、
- サリチルアミドにより脳のミトコンドリアが代謝障害をきたした
- ブロメタジンによりアセチルコリン受容体がブロックされた
- 1と2により軽度認知面低下(前向性健忘)を来したが、NACによるグルタチオン補充で解毒が完了し、回復した
このようなことだったのかな、と思っている。
1が激烈に起きるのがライ症候群。2で起きるのが、いわゆる「抗コリン作用」。
抗コリン作用は、首から上では眠気、目のかすみ、口渇、認知面低下となって現れる。首から下では、便秘や尿閉が問題になる。*2
グルタチオンが十分あれば、1と2にうまく対処できたのかもしれない。しかし、アセトアミノフェンの作用でグルタチオンが減っていたため、初期段階で上手く解毒できなかったのかもしれない。
いずれにせよ、NAC内服2日目で元に戻ってくれて良かった。勿論、たまたまNACを内服したタイミングで自然回復した可能性も否定はしないが。
「薬剤過敏な体質から元々グルタチオンが少なめなのかな?」、「痩せた体型からはミトコンドリア活性が低めなのかな?」などと考えながら、
- 糖質の過剰摂取には注意を
- タンパク質はたっぷりと
- 今後、何らかの薬を飲んで具合が悪くなったら、NACを飲んでみて
といったことをお伝えして、終診となった。
次回は、「NACに危険性があるのか?」という点について書いてみる。
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