先日、患者さん(70代歳男性、軽度認知障害、HDS-R25/30点)から質問があった。
「先生、画期的なアルツハイマーの新薬が出たんでしょ?いつから使えるの?」
あー、レカネマブのことだろうなと思いながら、こう返した。
「アメリカで正式承認されたらしいので、日本でも認可される可能性はあるでしょう。アメリカだと年間380万円ぐらい費用がかかるみたいですけど、日本ではどうなるでしょうね。
誰でも気軽に使える薬ではないです。投与前も投与後も定期的にMRIなど詳しい検査が必要になるので、ウチみたいな無床クリニックでは使えないと思います。
ちなみに、脳が腫れたり出血を起こしたりする確率が26%ぐらいあるようです。治験では3人が亡くなっています。そして、アルツハイマーが良くなった人は"ゼロ"という結果でした。」
予想通り、酢を飲んだような顔をして帰って行った。
2年前のアデュカヌマブ承認の時もそうだったように、今回のようなやり取りが当面は外来で交わされるのだろう。
ちなみに、メディケア(アメリカの高齢者向けの保険)が保険適用を見送ったため、アデュカヌマブはアメリカで全く使われていないと聞く。
アデュカヌマブについては、以前の記事をご参考に。
www.ninchi-shou.com
レカネマブって、どんな薬?
アデュカヌマブ同様、レカネマブもアミロイドβを減らすことで認知機能低下の抑制を期待する薬である。
レカネマブは、アルツハイマー病患者の脳内に蓄積する異常なたんぱく質「アミロイド βベータ 」を取り除いて、認知症の進行を緩やかにする。投与対象は早期の患者に限られる。脳内の信号の伝達を活発にして症状の一時的な改善を図る従来の認知症薬とは、作用の仕組みが根本的に異なる。(読売新聞より引用)
読売新聞の同記事では、以下の図を用いて従来薬(ドネペジルやメマンチンなど)との違いを強調していた。
この図から分かるのは
「早期にレカネマブを開始したら、何もしないよりは衰えの勾配が緩やかで済むかもしれないが、時間が経てば悪化するのは従来薬と同じ」
ということである。
ちなみに約7年前、当時ドネペジル以外に抗認知症薬の選択肢が一気に増えた頃、読売新聞の「yomiDr.」で記者が
どの薬も認知症を完治させることはできないが、一時的に症状を改善させ、進行を遅らせる効果が期待できる
という記事を書いていた。その記事に掲載されていた図が以下。
既視感たっぷりに感じるのは自分だけではあるまいが、レカネマブには「一時的に症状を改善」という従来薬で時に起きる現象すら見られないようだ。
レカネマブについて、今分かっていることのまとめ
アメリカの大学教授が、Twitterでレカネマブについて一般向けに解説した図を紹介する。このtweetを知った切っ掛けは、下畑享良先生のこちらのブログ記事。
当ブログの読者向けに、この図の日本語versionを勝手に作ってみたので興味のある人はどうぞ。
読売新聞の記事にもあった「症状の悪化を27%抑制」のカラクリだが、
- レカネマブ群はCDR-SBが平均で1.21点悪化した
- プラセボ群はCDR-SBが平均で1.66点悪化した
- 1.66-1.21/1.66≒0.27
- 27%悪化を抑制している
という計算である。
ちなみに、ファイザーの例のワクチンだと、
- 21720人にワクチンを打って、後にコロナを発症したのは8人だった(0.036%)
- 21728人にプラセボを打って、後にコロナを発症したのは162人だった(0.75%)
- 8:162≒5:100、何もしなければ100人発症していたのを5人に抑えた
- 100-5/100=0.95
- 95%コロナ発症を抑制した
という計算だった。
数字には見せ方というものがあるので、「ん?」と思ったら自分で調べた方がよい。
これはアデュカヌマブの時にも書いた記憶はあるが、もし当院でレカネマブを使えるようになったとしても、使うことはまずない。
患者本人や家族が「進行抑制効果」を体感することはないであろうこと、そして、有害事象の発現率及び有害事象の内容は、自分にとって受け入れられるものではない。
最後に、レカネマブについて分かっていることを箇条書きで列挙しておく。
- 早期アルツハイマー病に対する新しい抗認知症薬
- アメリカでの1年間の費用は26500ドル(日本円で約380万円)
- 2週間に1回の経静脈投与
- 18ヶ月間でアルツハイマー病の進行を27%抑制した
- レカネマブで症状が改善した人はいなかった
- 3人に1人は有害事象が発生し、26%は脳浮腫か微小出血を起こした
- 治験で3人の死亡が報告されている
- レカネマブを18ヶ月使用すると、プラセボと比較して25.7%脳が萎縮した