2017年3月に発売された「コウノメソッドでみる認知症の歩行障害・パーキンソニズム」を読み終えたので感想を書いてみる。
目次
目次を確認する。赤文字の項目が、個人的にじっくり読んだ箇所。
- 歩行障害とは
- パーキンソニズム
- レビー小体型認知症
- 第3の歩行障害-抗酸化系薬剤
- 神経難病の診断への道筋
- 進行性核上性麻痺
- 歩行障害系認知症の治療理論
- 大脳皮質基底核変性症
- 脊髄小脳変性症
- 正常圧水頭症
- 硬膜下血腫・水腫
- その他の歩行障害系疾患
- フロンタルアタキシア
- 整形外科的疾患
- コウノカクテル配合の調整方法
前著では、変性疾患の分類を
- アセチルコリン欠乏病
- ドパミン・アセチルコリン欠乏病
- ドパミン過剰病
- ドパミン動揺・アセチルコリン欠乏病
- 小脳疾患
と5つに分けて解釈を試みるというところに新機軸があった。
www.ninchi-shou.com
今回の著書では、『「歩けない」と「歩かない」は違う』という序論に始まり、まずはDLBの治療法(歩かせ方)が、パーキンソニズム(薬剤性含め)の解説を詳しく織り交ぜながら詳述されていく。
進行性核上性麻痺(PSP)や大脳皮質基底核変性症(CBD)、脊髄小脳変性症(SCD)といった歩行障害系難病の代表疾患についても詳述されているが、それぞれの疾患に対するコウノメソッド的解釈及び治療法(歩かせ方)が提示されているのが、一般的な成書とは異なる今回の本の新機軸と言えよう。
「集合知」としてのコウノメソッド
グルタチオンやシチコリンは、コウノメソッドにおける重要な武器である。
これらをもたらしてくれた先生方の知見、その他様々な先生方の提言やアドバイス、患者さんを河野先生に紹介し続けるケアマネージャー達、そして何よりも、自らの不調を通じて病気の特徴というものを医師に教えてくれる患者さん達の存在の元に、メソッドは練り上げられてきた。
患者さんから得られた経験をバランスよく体系化することは難しい。シンプルにしすぎても、複雑になりすぎてもいけない。
ある種の「集合知」と言えるコウノメソッドだが、河野先生が試み続ける治療体系化*1は、今のところうまくバランスを保っているように思う。
これからどれほど洗練されていくのか、引き続き注目していきたい。
戦略に基づいた診療
コウノメソッドが提供する改善率は、一般的な認知症診療*2のそれと比較して高いとは思うが、「コウノメソッドどおりに治療すれば、みな改善する」ということではなく、要は「打率」の問題である。
各々の神経変性疾患ごとに、対応した治療薬が準備されていればよいのだが、そうではない現状で100%の正診(まず不可能だが)によって100%の治療効果を狙うということは現実的ではない。「打率」を意識するとは、そういうことである。
神経細胞変性による疾患修飾の座がどこにあるかで、個々の患者が呈する症候は微妙に違いを見せる。例えば、「前頭葉機能が相当に低下しているがパーキンソニズムは目立たないDLBの方が、bv-FTDのような臨床症状を呈している」といった具合に。
自分の日々の診断を振り返っても、自信をもって「あなたは〇〇という変性疾患ですよ!」というよりは、恐る恐る「〇〇という病気の可能性はあるように思います・・」といった具合である(基本びびり)。
現時点でのお困り事の緩和や解決を最優先に、数年後に現れるかもしれない症候のことを予測しつつ、薬の副作用に気をつけつつ、自分が何かを見逃していないかを振り返りつつ日々の診療を行う。
このような地味な作業は、根本に「戦略」がなければ続けられない。
- 今はアルツハイマーだと思うけど、わずかに感じるレビー感には気をつけておこう。今後レビーの症状が顕在化してきた際には、ドネペジルは止めてリバスチグミンに変更しよう。
- 初診時の頭部CTで認めた小脳の萎縮は結構気になる。今後、小脳失調の出現を見落とすことがないように気をつけておこう。その時には、併せて排尿障害の有無も再確認し、素早くグルタチオン点滴が出来るようにしておこう。
上記の様なことを考えながら診療をしているときに、既存の認知症診療ガイドラインを意識していることは特にない。
例えばPSPの薬物療法に関するガイドラインは以下の通り。
(認知症疾患治療ガイドライン2010より引用)
有効性が証明された薬物療法のエビデンスはない。
そしてDLBでは
(認知症疾患治療ガイドライン2010より引用。今はドネペジルは保険適用となっている。)
となっている。
- PSPには有効な薬物療法はない
- DLBにはドネペジルというエビデンスがある
というガイドラインに満足出来ない自分は、 コウノメソッドを利用し、糖質制限やorthomolecular medicine、三石理論をベースにした栄養療法を利用し、リハビリによる脳の再配線を狙う。
認知症との戦いを「戦争」と捉えるならば、その戦争を支えるには「戦略」が必要である。
初戦に虎の子のドネペジルを一発打ってオシマイであれば、それは戦争における戦術レベルですらない。
同様に、「認知症の進行に伴いメマリーを追加して~」や、「AChE阻害薬を一定期間続けた後に、効果が落ちたと感じたら別のAChE阻害薬に変更することで~」といった方法も、あくまでも戦術レベルの弥縫策に過ぎず、戦略とは呼べない。
戦争に勝つためには戦略が必須である。そして、その戦略を支えるには「兵站」が必要である。
大まかに言えば、以下の様な感じ。
ピックスコア5点でレビースコアが4点の患者。現時点での診断はbv-FTD。陽性症状に対してはクロルプロマジン、セロクエル、セルシンなどで迎え撃っている。ひとまずLPC(Lewy-Pick complex)症候群の枠組み内でbv-FTDで考えているが、歩行が今ひとつ不安定である。頭部CTは微妙に小脳虫部が萎縮しているようにも見える。先々wide based gaitが目立つようになれば、MSAへの診断切り替えになるかも。その時はグルタチオン点滴を素早く導入しよう。採血ではフェリチンが20か。底上げにフェルムを入れよう。アルブミンは3.0でBUNは8、transaminaseは全て10前後か。ビタミンB群を補充しつつ、高タンパク食の指導とESポリタミンを投入しようか。ノイキノンも使うか。
青色が戦術、赤色が戦略、紫色が兵站というイメージである。
短期決戦であれば最大戦力(戦術)を初戦に投入すればよいが、認知症との戦いは長期戦、総力戦である。常に次の手は準備しておきたい。そのためには、繰り返すが戦略や兵站の発想が必要である。
今回の本の表紙デザインだが、砂漠に戦車?が並んでいるようなイメージである。
HEXをあしらっていることから勝手に想像すると、この表紙は戦略的に認知症診療を進めることの重要さを象徴しているように感じた。
河野 和彦
日本医事新報社
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