主訴は物忘れ。周辺症状はほぼない方
初診時に得られた情報を総合し、どのように考えて診療したかを紹介する。
87歳女性 軽度認知機能障害(MCI)?それとも嗜銀顆粒性認知症(AGD)?
(記録より引用開始)
初診時
10年ほど前から、「床下に誰か居る」などと言っている。
普段の生活はほぼ問題ないが、最近記憶力の低下を感じると娘さんが心配して来院。数分前のことを忘れることがあると。
HDSR:18
遅延再生:0
立方体模写:可
時計描画:可
保続:なし
取り繕い:ありあり
病識:なし
迷子:なし
レビースコア:2.5
rigid:なし
ピックスコア:0.5
頭部CT左右差:わずかにあり
クリクトン尺度:0
介護保険:なし
胃切除:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
MCI:△
その他:AGD?
頭部CTでわずかに左側頭葉萎縮かな。
取り繕いは目立つ。ADLはほぼ自立である。周辺症状はほぼなし。遅延再生は0点だが、図形は問題なし。病識はないがMCI?。10年の経過でそこまで変化がないのならAGDの可能性は?
介護保険申請とフェルガード100M内服を勧めた。心房細動などで循環器薬を多数飲んでいるので、抗認知症薬内服にはためらいがあるようだ。
3ヶ月後ぐらいでまた来て下さいね。
9ヶ月後
初診から9ヶ月で再診。娘さんが仕事でバタバタしていた時期は、症状に大きな変動があった。この時期フェルガード100Mの飲み忘れも多かった。
娘さんの仕事が落ち着いて一緒に過ごせる時間が増えると、フェルガードの飲み忘れも少なくなり活気が出てきた。
抗認知症薬の内服はなし。
9ヶ月の経過で目立って改善している。周辺症状なし。
環境変化には弱いのだろう。そこは気をつけましょう。今後は3ヶ月おきぐらいでどうぞ。
(引用終了)
抗認知症薬処方の判断は慎重に!
- 長谷川式テストが18点。カットオフの21点を下回っている。
- 遅延再生が0点。
- 取り繕いが目立ち、病識はない。
上記を重視すると、「アルツハイマー型認知症ですね!」となり、抗認知症薬処方に繋がるだろう。しかし、
- 時計描画テストと透視立方体模写は問題なし。
- クリクトン尺度は0点で、恐らく家族はさほど困っていない。
- 周辺症状はない。
- 頭部CTで萎縮の左右差やピック切痕など、前頭側頭葉変性症の特徴を認める。
これらの要素が加わると、どうだろう?
この方の診断における自分の思考過程を再現すると、
- 家族がさほど困っておらず、周辺症状もほぼない。ADLも自立しているので、抗認知症薬を急ぐ必要は無いだろう。
- 頭部CTでは、前頭側頭葉変性症の要素を持っている。しかし、ピックスコアは0.5しかないので、前頭側頭葉変性症の可能性は低いだろう。
- 10年前から妙なことを言ったりしている、しかしさほど進行していない、といった状況からは、AGDの可能性はあるかもしれない。画像的にはFTLD的、ということもAGDの根拠になり得るかも。
- だとすると、アリセプトなどは易怒性を高める恐れがあるので、やはり抗認知症薬は今のところ不要だろう。
- 認知症に対する危機感や不安感はあり、何かしらの対策はしたいようだ。フェルガード100Mを勧めて定期的にフォローしよう。
このような感じ(だったはず)。診断においての判断材料が少なすぎると、安易な抗認知症薬処方に繋がる。基本的には、
- 抗認知症薬を使った場合のメリットよりデメリットが上回る可能性は?その時には中止や変更を含めた後始末が出来るか?
- 家族が困っているのは中核症状?それとも周辺症状?
この2点を意識していたら、処方でさほど痛い目を見ずに済むのではないか、と思っている。