鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

稀にではあるが、歩いて来院するくも膜下出血の人がいる。

脳動脈瘤が破裂して発症する「くも膜下出血」という病気がある。

 

破裂した瞬間、「人生最悪の痛み」と表現されるほどの激しい頭痛に襲われ身動きが取れなくなるため、ほとんどの患者さんは救急車で病院に運ばれる。

 

だが、ごく稀に外来に歩いてこられるくも膜下出血の方に遭遇する。

 

40代女性 くも膜下出血

 

Aさんは40代の女性である。

 

旅行先で突然経験したことのない衝撃を頭に感じた直後から両耳がぼわんと詰まったように感じ、同時に頭痛が始まった。

 

旅行先での予定はこなし、飛行機に乗って鹿児島に戻ってきた。一日様子を見ていたが頭痛の改善がなかったので、車を運転して来院した。

 

ちょうどその日は患者さんが多く、クリニックは混んでいた。

 

普段から、「見るからに具合の悪い人は、予約なしの飛び込みでも優先的にご案内するように」という方針は院内で徹底されている。

 

しかしAさんの見た目が辛そうではなかったことと、当院受付スタッフの「お待たせするかもしれませんが・・・」という案内にAさんが「大丈夫です」と落ちついて答えたことから、緊急性はないと判断された。

 

来院から1時間半後。

 

診察前に頭部CTを確認した自分は、久しぶりに慌てた。

 

「くも膜下出血か・・・」

 

くも膜下出血のCTと正常CTの比較

左はAさんのCTで、右は正常なCT

 

CTを撮影した放射線技師を呼んで、「くも膜下出血だけど、気づかなかった?」と聞いたら、彼の表情が一瞬で曇った。

 

発症から3日目で血腫がやや消退傾向となっているため、素養のない者であれば医師でも見落とす可能性はあるものの、普段の彼ならばまず見落とすことはない。忙しいときほど、見落としは起きやすい。

 

お互い気を取り直し、Aさんを診察室にご案内した。Aさんの表情は穏やかで、確かに頭痛の辛さは窺えなかった。

 

Aさんは「脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血」を起こしています。出血は既に止まっており、今のところ再破裂も起こしていませんので、これは非常に運が良いと思います。

 

ただ、いつ再破裂を起こすかわからないので、しっかりした治療が必要です。再破裂を起こすと、命に関わります。

 

救急車を呼びますので、ここから紹介先まで安静を保って移動しましょう。恐らくですが、今日中に手術になると思います。

 

 

このような説明を行ったところ、当たり前だがAさんは驚いた。驚いたがすぐに事態を理解し、救急車に乗ってくれた。

 

それから半年経ち、先日Aさんが挨拶に来てくれた。

 

術後に運動性失語が後遺したのだろう、ゆっくり言葉を紡いでいたものの、恐らくは日常生活にも仕事にも大きく影響しないレベルまで回復していると感じた。また、幸いにも麻痺は遺っていなかった。

 

手術をしなくなった自分にとって、他院で手術を受けた後に会いに来てくれる患者さんは有り難いものだ。医者としての存在意義を感じさせてくれる瞬間だった。

 

今回の経験を元に、新たに取り入れた工夫

 

開業して3年以上経ったが、疾患検出精度の向上を目指して各種問診票は定期的に見直しをしており、頭痛問診票は現在Ver.5となっている。

 

頭痛外来問診票

頭痛外来問診票Ver.5

 

Ver1の頃から、最初の質問に「今回の頭痛は、これまでに経験したことのない激しい頭痛ですか?」と入れているが、それは勿論くも膜下出血を拾い上げるためである。

 

ここに〇を付けた方は優先的にCTにご案内し、放射線技師が異常所見を見つけたらすぐに医師に知らせ、優先的に診察するようにしてきた。

 

Aさんは今回この質問に〇を付けていたのだが、撮影した頭部CTでくも膜下出血があったにも関わらず、診察まで1時間30分を要してしまった。待っている間に再破裂しなくて本当に良かったと思う。

 

終業後のカンファレンスでAさんの事例について皆で協議した結果、

 

【「これまでに~」の項目に〇が付いていたら、蛍光マーカーで強調して放射線室に回す】

 

ことにした。

 

蛍光マーカーで強調

 

先入観は時に人を誤らせるが、

 

「これは重大な事態かもしれない」

 

という先入観の元に医療者が動き検査を行い結果的に何もなかったとしても、それがよほど侵襲的な検査でない限りは、患者さんにとって不利益にはならない。

 

「何か」が見つかれば、それは先入観の勝利となる。