ご主人を介護中の80代女性が、物忘れのご相談で来院された。ADLは自立しているものの、最近物探しが増えて冷蔵庫管理が苦手になり、料理の段取りや味付けが怪しくなってきたとのことであった。
HDSRは12/30で遅延再生は1/6。保続を認め、頭部CTで海馬萎縮はあり。アルツハイマーの典型例という印象であった。
余白がたっぷりの画
当院では、初診時に透視立方体模写と時計描画テストをルーチンで行っている。
この方の時計描画テストの結果を以下に示す。中央に寄りすぎて、周辺が余白たっぷりとなってしまっている。
- 周囲へ目配りせず、まっすぐ前しか見ない運転をする。
- 目的の食材以外が目に入らず、冷蔵庫の中身が賞味期限切れで溢れていく。
- 捜し物のことだけ考え続け、周囲を見渡してその中から特定のものを捜そうということに注意が向かない。
これらは、認知症患者さんは勿論のこと、加齢に伴い多くの高齢者でみられることである。
視空間認知が衰えることとは、周辺視野が狭まり、その結果中心視野に依存するようになることなのだろうか。
上記の図を描いた方も、最初に紹介した方と同じくADLはそれなりに成り立っている。しかし、やはり物探しが増え、冷蔵庫の中身は同じもので溢れるようになっており、アルツハイマーの診断で現在治療中である。わずかではあるが、時計の文字盤の外側に余白を認める。
アルツハイマーという病名は同じでも、視空間認知能力や短期記憶低下の程度などは個々で当然違いがある。単純に病名だけで一括りには出来ない。
人は一つのことをやっているように見える時でも、実は複数のことを並列処理しているものである。
例えば車の運転。
周辺視野を発揮しながら少し先の道路情報や周囲の交通状況などをインプットしつつ、現在の車の速度を確認してスピードを出しすぎていればアクセルを踏む力を弱めるといったように、車の運転中はハンドルを握っているだけではなく、同時に複数のこと(マルチタスク)を処理している。
時計描画テストで余白を認める方は、マルチタスクが苦手になっていることが多いように思う。
苦手になっているにも関わらず、これまで通りのマルチタスクを強いると*1周辺症状に繋がる恐れがある。
なので、時計描画テストや透視立方体模写に難が出てきた方達には、一つ一つを着実に仕上げるように、つまり、シングルタスクに集中する*2ようにお伝えし、介護者にも、シングルタスクのサポートに努めるよう説明している。
出来なくなってきたことを嘆き、また出来るようになるために力を割くよりは、「いま確実に出来ていること」に目を向けて強化を図る方がよいと思うからである。