先日、ある患者さん(以下、Aさん)のケアマネージャーから問い合わせがあった。
「最近意思の疎通が図れなくなってきました。また、怒りっぽくなり、通所サービスを利用する他の患者さんに対して攻撃することがあります。どうしたらいいでしょう?」
ちょうどその日が、Aさんの診察日であった。
診察の時にAさんと話をしたが、コミュニケーションはまずまずとれる。また、語義失語を強く認めることもない。
実はAさん、最近まで診察室では常にソワソワと落ち着きがなく、また声も小さく元気がなかったのである。
しかし、そのことに気づいた当院看護師が、診察中は常にAさんの横にしゃがんで付き添い、当方がご家族と話しているときには、
「今ね、先生は娘さんに〇〇の話をしているんですよー」
といった声掛けをするようになってから、安心したのかとても表情がよくなり声も大きくなった。これまでは、「この人達は、自分の目の前で何の話をしているんだろう・・・!?」と不安だったのだと思う。
医療介護関係者の付けるマスクについて
ただし、同伴した娘さん達に確認すると、疎通困難と感じることは増えているらしい。
「そうなんですねぇ・・・」と答えつつ話をしているうちに、ふと同伴の娘さんが付けていたマスクに目が止まった。
「マスク・・・んー・・・ひょっとして!?」
(以下、妄想的考察)
マスクをしていると、こちらの声は相手にはくぐもって聞こえる。また、話す時の口元や表情も分からなくなる。
コミュニケーションを図っている時、ヒトの五感は総動員されている。相手の話の内容に耳を傾けつつ、同時に目で相手の表情や口元を見ているし、「この香水のにおいは何だろう・・」と鼻をきかせていたり。
認知症の影響で聴覚や短期記憶に頼った言語理解が衰えたとしても、視覚による相手の表情や態度の確認はむしろ、それまでよりも研ぎ澄まされていると感じることが多々ある。
個人的な考えだが、認知症高齢者とのコミュニケーションでは、話の内容よりも
「私は、あなたのことをちゃんと気にかけていますよ」
というメッセージが伝わるかどうかが重要だと思っている。
そのメッセージを伝えるためには、ただ話しかけるだけではなく、身体の一部に触れながら、正面から自分の口元をみてもらい、笑顔をみてもらう。聴覚と同時に、触覚や視覚に訴えかけることが大切だと思う。
冬場になると、医療介護現場ではスタッフはマスクを着用することが多い。
風邪やインフルエンザの感染対策として致し方ないとは思うが、認知症患者さんとコミュニケーションを図る際には、マスクを顎にかけて口元を見て貰いながら話しかけたいものである。
一手間かもしれないが、相手に安心感を持って貰うためには重要な一手間だと思う。
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