患者さんから何らかの相談を受け、医者は何らかの提案をする。
医者の説明の仕方が大きく影響はするだろうが、提案を受け入れるかどうかは最終的には患者さんが決めることである。
患者さんが、自分のリテラシーを発揮して、自分で決めることである。
50代女性 糖質制限に興味あり来院 体調不良なし
50代の女性Aさん。
特にどこか体調が悪いという訳でもなく、流行している糖質制限に興味があって当院を訪れた。体重が気になるということであったが、それも別に肥満と呼べる程のものではなかった。
採血を行い栄養状態を評価したところ、フェリチンが一桁であった。ただし、頭痛肩こり不眠などの、低フェリチンに伴う臨床症状は特に認めなかった。LDLコレステロール値は160台とやや高めではあったものの、中性脂肪は100前後と基準範囲内だった。
Aさんと相談した結果、ダイエットとLDLコレステロール値の低下を目指して、夕食のみ炭水化物を外すプチ糖質制限を提案した。そして、低フェリチンに対しては鉄剤を処方してエネルギー代謝の底上げを図ることにした。
その後しばらくして採血を行ったところ、LDLコレステロール値は基準内に入り、フェリチンも100近くまで増えていた。
ここまでの経過で、Aさんの体感として何かが大きく改善したということはなかった。そして、体重は増えもせず減りもせずであった。
自分としては、LDLコレステロール値が基準内に入っただけでも充分だろうと思ったのだが、「何かが劇的に変わるはず」という期待を糖質制限に抱いていたAさんは、満足いかなかったようだ。
痩せすぎや太りすぎは問題だが、理想とするボディイメージは個人差が大きいため、そこに自分は医者として大きな関心は抱いていない。
ただ、アドバイスする立場としては、無理なく安全に事が進んでいるかにこそ関心を持つ。Aさんにとってのプチ糖質制限は、無理なく安全に進んでいるのは間違いないと言えた。
別に体調が悪化していることもなかったが、ある日、Aさんはプチ糖質制限を続ける事に不安があると言った。1食でも糖質を我慢することは、Aさんにとって大きなストレスになっていたようだった。
「一旦やめましょうか。不安を抱えながら続けるぐらいだったら、止めた方がいいですよ。元々、糖質制限をしないといけない明確な理由や、強い動機はなかったんですから。」
自分はそう、Aさんに伝えた。
それに対してAさんは、「自分なりに調べるけど、糖質制限をいいという人もいれば悪いという人もいるので、分からなくなるんです。先生はお医者さんだから、分かるのでしょうけど・・・」と、困り顔で言った。
その時恐らく、自分も困り顔をしていたと思う。「糖質制限をするもしないも、あなた自身の問題なんだけど・・・」と考えながら。
軽い興味で糖質制限を始め、別に危ない目に遭うこともなく、LDLコレステロール値は下がった。しかし続けていいのかどうかを迷うAさん。
少し厳しい言い方をすれば、「先生は医者だから・・・」の裏に、「私は患者だから分からなくて当たり前」という考えが透けて見えるような気がしなくもない。
このような時、
「そんなことではいけません。心を強く持つのです。もっと体重を落としたいと思いませんか?そうであれば、さらに糖質を減らし、脂質タンパク質を増やせば良いのです。」
などと自分が勧めることは、まずもってない。「そうですか」で終わりである。続けたいけど迷っているのであればアドバイスはするが、それすら分からなければ、危ういので止めた方が無難である。
こちらの仕事は、その人にとって糖質制限にメリットがあるのかどうかの判断と、糖質制限が無理なく安全に出来ているかに目を光らせることであって、Aさんのお尻を叩いて糖質制限を続けさせることではない。
しかしAさんの口ぶりからは、「私は患者で先生は医者だから、全て先生にコントロールしてほしい」という願望がヒシヒシと感じられた。
こういう人は結構多い。理由はわからないが、経験上は女性に多い。
Aさんを「ただの優柔不断な人」で終わりにするには、何となくだが不安が残った。勝手な心配であればいいのだが。
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