鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

離島の認知症患者さん達が持つハードル。

 離島の多い鹿児島ならではの事情だが、種子島や奄美大島、徳之島、屋久島など様々な島から患者さんはやってくる。

 

極力地元で診て貰えるように配慮しているが、地元の病院や家族が認知症に対する理解が無い場合には、遠路はるばる通院せざるを得ないこともある。

70代女性 レビー小体型認知症(DLB)

 

初診時

 

(既往歴)

高血圧 脂質異常 骨粗鬆症
〇〇島の〇〇医院かかりつけ

(現病歴)

昨年からもの忘れ症状。心配した妹さんが説得して島から連れてきた。
夫は漁師で家を留守にしていることが多いと。おどおどした印象。声は小さく視線は合わない。

(診察所見)

HDS-R:20
遅延再生:4
立方体模写:不可
時計描画:過剰
クリクトン尺度:?
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:4.5
rigid:なし
幻視:ありあり
ピックスコア:2
頭部CT左右差:あり 右有意萎縮
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:なし

(診断)
ATD:
DLB:〇
FTLD:
MCI:
その他:LPC(レビー・ピック複合)

 

右有意の脳萎縮。ピックスコアは2点で今のところはDLB>FTLDのプチLPCといった印象かな。将来的なピック化には気をつけておく必要はあるが、当面幻視を中心としたDLB症状への対策が必要。

 

島に戻ったらイクセロンパッチ貼付は難しいかな?同居のご主人に貼って貰うのは無理だ、と同伴した妹さんは話す。


アリセプト1.5mgを朝に、夕方に抑肝散を一包。幻視は夜。はっきり見える。なくなった親族も見える。小さな子供なども出てくると。

 

1ヶ月後

 

  • 時計が読めるようになった
  • 電話番号を覚えるようになった
  • 幻視がなくなった

 

著効。地元に情報提供書を書いてバトンタッチ。本人も喜んでいる。

 

4ヶ月後

 

3ヶ月ぶりの来院。

最近、地元でアリセプトが5mgに増やされたようで、以降調子が悪くなった。体の動きが悪くなった。妹さんの判断で、現在はアリセプトを止めて抑肝散だけ飲んでいると。

 

アリセプト1.5mgを再開に。当方からの処方にしよう。

 

5ヶ月後

 

鏡像反応*1ありと。
自宅では夜間頻尿がひどいが、鹿児島の妹さんの家に泊まる際には大丈夫。
物音に敏感。

 

病気に理解のない夫から受けるストレスが強いようだ。

 

9ヶ月後

 

鹿児島に来られなかったので、地元で薬を貰いに行った。
そこで、『薬が少なすぎる』と言われアリセプトを1.5mgから5mgに増やされて幻覚、うつ出現

 

御主人が初めて同伴。声が大きく威嚇する感じ。本人は横で怯えている・・・

 

(引用終了)

 

LPCの頭部CTと時計描画

 

閉鎖的な空間で悩む人々

 

自分は離島で5年間仕事をした経験があり、離島という閉鎖空間が持つメリットとデメリット、両方について理解しているつもりである。

 

  • 人口数十名のある集落では、お一人暮らしの認知症高齢者を周囲の高齢者がみんなで支えていた。そのおかげで、抗認知症薬を使用することはなくのんびり平和に暮らしていた。
  • 採れた野菜や海産物などの収穫を、ご近所同士で分け合っていた。

 

牧歌的とも言えるこのようなのんびりとした空気は、島が持つ大きなメリットである。

 

一方、 

 

  • 「認知症なんて、そんな恥ずかしい病気に身内が罹るなんて・・・」
  • 「痴呆のはずがない。コイツ(病気の奥さん)がハシッとせんからよ!!」
  • 「てんかんなんて、そんなキ〇ガイがなる病気の血は、ウチの家系にはいない!!」

 

といった言葉は、都会よりも島で聞く頻度が圧倒的に多かった。生まれてこのかた島を出ることなく暮らしてきた方達にとっては、その世界が全てである。その経験の中でしか判断できないのである。

 

今回の症例では、鹿児島市内に住む妹さん達は、姉の病気(レビー小体型認知症)のことを理解しようと努め、手を差し伸べていた。

 

しかし、島で一緒に住む夫は、外来で見る限りは妻に対する否定的な、病気とは認めない発言に終始していた。理解しようと努めていたのかもしれないが、理解できずに混乱して苛立ちをぶつけていたのかもしれない。

 

認知症を学ばず、添付文書通りにアリセプトを増量するばかりの島の医者に振り回され、家に帰ると認知症に理解のない夫に罵声を浴びせられる。しかし、鹿児島市内に通院することは時間的金銭的に負担が大きい。

 

姉をサポートしようと妹さん達は頑張るが、易怒性の高い姉の夫に遠慮して中々手を出せない。妻が認知症という現実を受け入れられない夫は、介護サービスの利用など思いもよらない。

 

病気に向き合って取り組む以前の問題でつまずいてしまう事例はある。

 

このような事例は離島に限った事ではないが、離島からの通院という物理的なハードルと、離島という閉鎖性がもたらすハードルは確実に存在する。そしてそれは、相当高いハードルでもある。

*1:鏡に話しかける行為。鏡に映る自分を自分と認識できていないための起きる現象