高齢者の運転事故のニュースを目にする度、
「自分の患者さん達は大丈夫だろうか?」
と思わずにはいられない。
いきなり運転免許自主返納を促しても、まず聞き入れては貰えない。良好な医者患者関係が前提として必要なのは言うまでもないが、それでも上手くいかないことの方が多い。
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嫌がられないように気を遣いながら、気になる程度に怖い言い方もしながら、自主返納を勧め続ける日々である。
80代男性 軽度認知障害
初診時
(現病歴)
奥さんから見て、最近モノをなくしたり言った事を忘れるなどが気になるらしい。また、運転免許をいつまで継続するつもりなのかも気になると。本人は乗る気満々と。
元々病院嫌いでプライドが高いと。「健康診断」と奥さんが説得して、今日は連れてきたようだ。
(診察所見)
HDS-R:20
遅延再生:3
立方体模写:可
時計描画テスト:可
IADL:5
改訂クリクトン尺度:1
Zarit:1
GDS:1
保続:なし
取り繕い:あり
病識:あり
迷子:なし
DLB中核症状: 0/4
rigid:なし
幻視:なし
FTD中核症状: 1/6
語義失語:なし
頭部CT所見:前頭葉萎縮
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:なし
過度の傾眠:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:MCI
(考察)
手遊びが目立ち落ち着きにやや難ありか。緊張の表れかもしれないが。
もの忘れの自覚はありADLが自立しているので、MCI(軽度認知障害)で考えておく。年齢からすると見た目は若い。今でもゴルフを楽しんでおり、ゴルフに行くために免許を維持したいのだそうだ。
「まだまだお元気で大丈夫のようですが、75歳から85歳までのどこかで運転免許は卒業がいいと思います。85歳を越えると、事故率は格段に上がるんです。テレビでも高齢者の事故のニュースを目にしますよね。〇〇さんは、免許卒業の準備をする年齢的に差し掛かっていますよ」
と話す。
後ろで奥さんが強く頷いている。本人は目が泳いでいる。
フェルガード100M推奨で3ヶ月後に。
3ヶ月後
- HDSR:22(2)
- 透視立方体模写:OK
- 時計描画テスト:OK
朝はウォーキングした後にラジオ体操、さらに月イチでゴルフと活動的に過ごしている。
HDSRは初診時より2点上昇だが、遅延再生は2/6と短期記憶は相変わらず弱点。
もの忘れは自覚的他覚的にあるが、支援が必要なほどでもない。 フェルガードは効果ありでいいのかな。朝に100Mを4T内服しているとのこと。
次回も3ヶ月後で。〇〇内科で緩下剤が処方されている。
3ヶ月後
- HDSR:25(1)
- 透視立方体模写:OK
- 時計描画テスト:OK
初診よりHDSRは5点上昇し、そして相変わらず遅延再生は1/6と弱点。
ADLは自立、もの忘れの自覚あり。フェルガード100m4T1XMは継続中。 この調子で。
3ヶ月後
- HDSR:25(3)
- 透視立方体模写:OK
- 時計描画テスト:OK
著変無く経過中。
直近のことは忘れやすいが、かつての部下と毎月飲みに行くなど活動性は保っている。
晩酌は焼酎1合。奥さんは色々と心配しているようだが、
「年齢を考慮すると御立派ですよ」
とお伝えする。 テレビで高齢者の運転事故のニュースが増えていることを話題に挙げた。
次回でお会いして1年が経つ。CTを撮りましょうか。
初診から1年後
- HDSR:23(2)
- 透視立方体模写:OK
- ダブルペンタゴン:OK
- 時計描写テスト:OK
2週間前に、運転免許を自主返納した。
息子さんと奥さんから説得を受け、また、連日の高齢者運転事故のニュースもあり、本人も納得の上で返納。
「お疲れ様でした」と声をかけ、握手を交わす。「寂しいですけどね」と。心なしか涙ぐんで見える。
頭部CTは昨年と比較して変化なし。 能力は維持されている。このままいきましょうね。
一緒に写真を撮影し、プレゼント。
(引用終了)
Accident flickr photo by Leonid Mamchenkov shared under a Creative Commons (BY) license
川畑 信也
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