道路交通法改正から、およそ7ヶ月が経過した。
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運転免許継続に関わる当院への診断書作成依頼は、徐々に増えてきている。
80代男性 アルツハイマー型認知症
Aさんは、80代の男性。70代後半の奥さんと二人で暮らしている。
今年2月の運転免許更新の際にテストで引っかかり、かかりつけ医に診断書提出依頼があった。
その結果、「アルツハイマー型認知症」の診断書が作成され、Aさんは運転免許を失った。同時に、アリセプトが処方された。規定通りに3mgで始まり、その後5mgに増量された。
納得いかないAさん夫婦は、別の病院で診察を受けた。その結果もやはり、アルツハイマー型認知症。それでも納得がいかないとのことで、Aさんは当院を受診された。
ご相談内容は運転免許のことであったが、フラツキとめまいが酷く、聞けば「アリセプトが始まってから、何かおかしい」とのことであった。
アルツハイマー型認知症だろうなとは感じたが、長谷川式テストよりもフラツキと眩暈への介入を優先させた。
処方ごとお引っ越し希望があったので、まずはアリセプト5mgを3mgに減量し、マイスリー10mg+サイレース1mgという眠前処方をニトラゼパム5mgに変更。めまい対策で五苓散を開始したところ、1ヶ月ちょっとでようやく落ち着いた。
ある日Aさんが、予定受診日より早く来院された。
「どこか具合が悪かったですか?めまいがぶり返しましたか?」
と尋ねると、
「お陰様で、めまいは大丈夫です。そろそろ車の免許を取りたいので、今日は『認知症ではない』という診断書を書いて欲しくて来ました。」
とのこと。
目の前が暗くなる思いがした。
「診断書を書くにはテストが必要なので、ちょっと質問させて下さいね。」
そう説明して、初診時には敢えて行わなかった長谷川式テストを施行したところ、15/30で遅延再生は0/6。保続と取り繕いが多発する、典型的なアルツハイマー型認知症であった。つまり、前医の診断は正しかったということ。
テスト後にAさんは、「昨日は寝不足で、今日はちょっとフラフラめまいがする。どうも調子が悪い。」と話し、結局診断書の件は流れた。これもまた、取り繕い言動と言える。
あと数回は、このようなことが続くと思われた。
60代後半男性 前頭側頭型認知症
前頭側頭型認知症のBさんは、夕方に約30分ほど車で出かけ、大体決まったコースを走って自宅に戻ってくる。車を運転するのはこの時だけで、普段買い物その他に利用することはない。
迷ったことは一度もなく、事故を起こしたこともない。奥さんからみていて運転が危なっかしいということも、特にない。
決まった時刻に出かけ、決まったコースを運転して帰ってくる。これは、自分を落ち着かせるための、いわば「常同行動」の一種と思われる。途中で遮られると逆上するので、常同行動、特に前頭側頭型認知症の方の常同行動は、そっとしておくに限る。そのうちに、熄むことがほとんどである。
先日、Bさんは万引きで警察にお世話になってしまった。
奥さんが「主人は認知症なんです。」と説明したため、刑事責任を問われることはなかった。しかし、これは当然ではあるが、「認知症で運転免許を持っているのなら、かかりつけの先生に診断書を貰って来て下さい」と言われてしまった。
免許に関しては、自分と奥さんの間での懸念事項となってはいた。
しかし、特に危ない運転ということもなく、また透視立方体模写や時計描画テストでは視空間認知に問題はないことが確認出来ていたので、「あと数ヶ月先の免許更新のタイミングでの取り消しが自然な形でしょうね」ということで、奥さんと相談して備えていたところだった。それまでの間に、決まった時刻の運転という常同行動が自然となくなる可能性に期待していたところもあった。
このタイミングで免許が取り消されると、Bさんを落ち着かせている運転という常同行動は継続不可能となる。間違いなくBさんは荒れるだろうし、奥さんは悲嘆に暮れることになるだろう。
では、Bさんの家庭を守るために「Bさんが認知症ではない」と診断書に書いてよいものであろうか?
そんなことは出来ない。
医師としての職業倫理に明確に反するし、虚偽の記載を行ったとして、「虚偽診断書等作成罪」に問われる可能性すらある。
結局、「前頭側頭型認知症」の診断書を作成せざるを得なかった。これで、Bさんの免許は取り消し確定である。
Bさんの奥さんは、「先生もまさか、嘘の診断書は書けないですもんねぇ・・・」とこちらの心中を察して下さったのは有り難かった。しかし、奥さんの心中を慮ると・・・。
「認知症患者は、車を運転してはいけない」
法がそのように定めたのであれば仕方のないことではあるが、残念ながら、法はその代替案までは準備してくれない。
準備してくれないなら、こちらで考える必要がある。
①車を運転したいという気持ちを、薬で押さえ込む
②車を運転できないように、カギを隠す、もしくは車を処分する
③車の代わりに、別の常同行動を準備してあげる
多くの家族は②を選択し、すったもんだの挙げ句、何とか落ち着いていく。すったもんだの度合いは、家庭によって大きく異なる。暴力に繋がることは、ザラである。*1
①を選択しても、まず上手くいかない。
抗精神病薬で欲求の全てを押さえ込もうとすると、抗精神病薬の副作用としての活気低下とフラツキ、傾眠、挙げ句の果ては転倒骨折というリスクまで背負い込むことになる。
無難なのは③である。
しかし、③もまた難しい。急に免許取り消しとなって、慌てて代替となるような常同行動を準備するのは不可能に等しい。
よって、免許更新が懸念されだしたあたりから、徐々に準備を進めていく必要がある。
運転免許自主返納を勧めるために、当院で行っている説明
生活が立ちゆかなくなる恐れがあるため、ある日突然免許を失うことだけは避けたい。 なので、事前に少しずつ準備を進めていく必要がある。
当院では、以下の様な説明を繰り返し繰り返し、その時の相手の表情などを伺いながら言葉を選んでお伝えしている。ちなみに、認知症患者さんに限らず、高齢者全般に行っている説明である。
- 残念ながら、いつまでも車に乗れる人はいないんですよね。
- 85歳を超えると、事故を起こす確率がもの凄く高くなります。
- 出来れば自分の意思で「運転の卒業」は決めたいですね。
- 警察に免許を取り上げられると、正直なところ腹が立ちますよね?
- 自損事故はまだ諦めもつくけど、相手を巻き込んだ事故は大変ですよ。
これらの説明は、無理に免許を維持しようとした場合のデメリットを強調したものである。
デメリットばかり言われると反感を覚えるのが人間心理。なので、出来ればメリットも併せてお伝えしたいとは思うものの、なかなかそのようなものはない。
現時点で唯一(と自分が思っている)メリットは、「運転経歴証明書の取得」である。
運転経歴証明書とは、運転免許を自主返納した方のうち、希望者に対して公安委員会が発行する証明書(発行料は1000円)である。自主返納から5年以内であれば発行可能なので、取りそびれた方は申請してみてはいかがだろうか。
(サンサンコールかごしまより引用)
上記は鹿児島市の例だが、全国の自治体で同じような取り組みが為されていることと思う。
「こんなにお得だったら、免許を手放してもいいかな?」と思えるほどのお得感ではないだろうが、そこは伝え方でカバーすればよいと考えて、
「自分で免許を返上した方には、このような特典があるんです。これはお勧めだと思いますよ!」
と、外来で伝え続ける毎日である。