鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

「早期発見、早期絶望」はご勘弁。

 

今回紹介するAさんは60代前半の男性。恐らく50代半ば頃に発症したと思われる意味性認知症の方である。

 

65歳未満で認知症を発症したら若年性認知症と定義されるが、若年性認知症という特別な認知症があるわけではない。

 

ただし、若くして発症すると仕事や子育てなどに多大な影響があるため、老年期認知症とは異なる配慮や支援が必要になる。

 

意味性認知症については、以下の記事をご参考に。 *1

 

www.ninchi-shou.com

 

60代前半男性 意味性認知症(OM)

 

初診時

 

(現病歴)

 

知人の紹介とのことで、妹さんが付き添って来院。

 

数年前より、旅行好きだったにもかかわらず旅行先の地名が出てこないことが度々あった。

 

現在、学生の娘さんとの生活で1時間半運転して職場に行っている。

 

職場には「言葉の理解が悪くなっている」と現況を伝えて理解を貰っている。定年は65歳の予定。

 

易怒性は全くなし。1年ほどプラズマローゲンを飲んでいるが効果の実感はないと。

 

本人の自覚的訴えは「漢字が読めない・植物の名前、知人の名前が出てこない・頭が働かない感じがする」とのこと。

 

(診察所見)

HDS-R:11

遅延再生:0

立方体模写:OK

時計描画テスト:不可

IADL:5

改訂クリクトン尺度:2

Zarit:2

GDS:4

保続:なし

取り繕い:なし

病識:あり

迷子:なし

DLB中核症状: 0/4

rigid:なし

幻視:なし

FTD中核症状: 0.5/6

語義失語:+++

頭部CT所見:明瞭な左側頭葉萎縮

介護保険:なし

胃切除:なし

歩行障害:なし

排尿障害:なし

易怒性:なし

過度の傾眠:なし

(診断)

ATD:

DLB:

FTLD:◎

その他:

 

(考察)

 

典型的なFTLD-SD。穏やかでピック的印象は全くない。

 

運転免許は相当に悩ましい。今のところ危ない様子は全くないようだが。次回更新までは1年半ほど。それまでに卒業が望ましいが、そうなると仕事は辞めることになる。

 

仕事を辞めるとどうなる?まだ学生の娘さんがいるが・・・。

 

通勤の代替手段はないか。定年まで何とかならないか。

 

フェルガードB推奨とし、併せて低糖質高たんぱくについても簡単に説明。定期的にお会いしながら今後の相談を重ねていくことにした。

 

同伴の妹さんの理解は早かった。

 

左側頭葉が萎縮した意味性認知症の頭部CT

 

(引用終了)

 

ありがたい職場の配慮

 

意味性認知症のHDS-Rと視空間認知テスト

野菜の名前は言えず、時計や文字盤という言葉の意味が分からなかった

 

これはAさんに受けてもらった長谷川式テストと視空間認知テストだが、言葉の意味理解が低下する「意味性認知症」の特徴がよく表れている。

 

  • 「野菜の名前を10個言って下さい」→「野菜って何?」
  • 「円の中に、時計の文字盤を書いてみて下さい」→「時計?文字盤?」

 

言葉の持つ意味が分からなくなると当然、言葉によるコミュニケーションは難しくなる。

 

Aさんは50代後半で離婚しているが、ひょっとすると意味理解が低下しコミュニケーションが困難になったことが離婚の一因になった、ということはあったかもしれない。

 

未診断未治療で当院に来られたAさんだが、これまでに全く病院にかからなかった訳ではない。

 

数年前に他院脳神経外科で「左の海馬が萎縮していますね」とだけ言われたようで、特に処方なり今後のアドバイスなりは無かった。

 

もし、その時点でAさんが何らかの認知症と診断されていたら、状況は今よりも良くなっていたのだろうか?

 

一般的には、病気は早期発見・早期治療が望ましいと言われている。しかし、認知症に限っては話はそう簡単ではない。

 

もし知識のない医者に「海馬が萎縮している」というだけでアルツハイマーと診断されていたら、不要な抗認知症薬が処方され具合の悪いことになっていただろう。

 

運良く知識のある医者に意味性認知症と正確に診断されたとしても、残念ながら診断名だけ告げられてお終いとなっていた可能性はある。

 

実際に自分は、脳神経内科で意味性認知症の病名を告げられたにもかかわらず、「治療(薬)はないので経過観察してください」とされた患者さんを少なからず今も診ている。

 

早期発見は、診断だけされて終わるのであれば早期絶望になりかねない。早期発見早期誤診であれば、更に目も当てられない。

 

39歳でアルツハイマー型認知症を発症した丹野智文さんは、著書に

 

早期でわかっても支援がないのに、なぜ「早期発見」が必要なのでしょうか。早期に発見できて良かったと思えるような環境がなければ、「早期発見」の意味がありません。(『丹野智文 笑顔で生きる』p71より引用)

 

と書いているが、全くもってその通りだと思う。

 

早期発見した医者は、その後責任を持って付き合っていくべきではあるが、医者に付き合う気があっても患者さんが離れていくことはある。

 

離れていくときの患者心理を想像すると止むなしとは思うものの、その後が気にはなり続ける。

 

www.ninchi-shou.com

 

地域包括支援センターや、認知症を診ない病院から毎日のように

 

「診断と治療をお願いします」

 

と依頼されるが、当事者である患者さんや家族は果たして「診断と治療」を求めているのだろうか?

 

それよりも、日々の困り事を気軽に相談出来て、やりたいことをサポートしてくれる人や場所を欲しているのではないだろうか?

 

病院のような特定の「場所」ではなく社会全体で包摂出来たらよいが、それは遠い未来の話だろう。*2

 

診察後しばらくしてAさんの勤める会社から連絡があり、上司の方々が面会に来られた。

 

我々としては、Aさんが定年まで働けるように最大限の配慮をするつもりです。通勤手段や仕事の内容など、先生からアドバイスをお願いします。

 

良い会社が世の中にはある。

 

目頭が熱くなるのを感じながら、そう思った。

 

 

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*1:1996年に Manchesterグループがfrontotemporal lobar degeneration(FTLD)という概念を提唱し、前頭側頭型認知症(FTD)と意味性認知症(SD)はFTLDの下位概念とされた。近年は、FTLDをFTDに統一しようという流れのようだ。

*2:先日、「70代の認知症を10年で1割減らす」という現実味に欠けた数値目標が発表された。批判を受けて早々に引っ込めたようだが。