鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

初診時から食の細さが懸念材料であった方。最後はガンでお亡くなりに。

 今回は3年ほど前に経験した例をご報告。

 

初診時に胸部レントゲンまで撮っていたら、その後少しは結果が違っていたのだろうか?

80代女性 MCI~FTLDへ移行していった?方

 

初診時

 

認知症を心配する妹さんに連れられて来院。
独居。しっかりしている。真面目そう。

 

  • スクリーニング10/15点
  • 遅延再生2点
  • 図形模写2点
  • rigidなし
  • 30年前に胃切除

 

軽度認知機能障害(MCI)かな。受け答えははっきり。独りを怖がり、病識はあるものの頑なな印象。今後、前頭側頭葉変性症(FTLD)へ進展する可能性は念頭に


今のところ、薬剤過敏などなく、DLB要素はない。

胃の切除後なので、VitB12はチェック。体重減ありエンシュアを試す。
次週採血結果説明。

 

1週間後

 

採血でアルブミンは基準下限ギリギリ。
Vit.B12は194と低値。フレスミン開始。

 

1ヶ月後

 

お一人で来院。大分表情が和らいでいる。
エンシュアはとれている。フレスミンは2週間おきに。

 

初診から3ヶ月後

 

遠方に住む姪御さんが、ケアマネさんらと来院。

エンシュアを近所の人に配っていると。介護保険区分変更申請ができないかとの依頼。

  • ビタミンB12は1500まで上昇
  • HDSR20点
  • 遅延再生3点

 

5物品記憶の際に、野菜の名前が出現。保続かな。

ATD(アルツハイマー)パターンの感じもあり。取り繕いを含めて。FTLDと両天秤。保険薬内服はしてくれないタイプかな。

 

補中益気湯で経過を見る。フレスミンは2ヶ月おき。

 

4ヶ月後

 

デイサービスに行くようになった。
頑なさがややとれてきたかな?

 

次回はフレスミン。

 

5ヶ月後

 

やや体重は増えてきた。左胸にしこりを感じると。

 

当方の触診では触知し得ないが・・
一度乳腺外科受診を勧めた。

 

6ヶ月後

 

前回より1kg少し体重が落ちて33kg台に。食には依然として恬淡としている。


同伴の親戚の方はかなり心配している。プロマックDとドグマチール50mg開始。またイクセロンパッチも開始。まだ乳腺外科受診はしていない。本人は「大丈夫でしょ」と。

 

7ヶ月後

 

胃の不快感とふらつきで受診。認知面低下も調子の波が大きいと。採血で貧血を認め、消化器コンサルト。

 

消化器科で検査入院となった。入院時に施行した胸部レントゲンで異常陰影を認め全身精査したところ、肺がん多発転移、脳転移を認めた。年齢等を考慮して、緩和ケアで経過をみていくことになった。

 

入院1ヶ月後、静かに最後を迎えられたと連絡を頂いた。

 

頭部CTを振り返ると、7ヶ月ほどで脳萎縮は急激に進行していた。特に前頭葉内側面の萎縮が進行している。


頑なさに影響を与えたのか?左右差はやはり左で目立つ。当初のFTLDへ移行するか?という感触は当たっていたかもしれない。

 

(引用終了)

 

7ヶ月で進行した脳萎縮

 

初診時の頭部CTは以下。

 

CTにおける脳萎縮の左右差

 

左シルビウス裂の拡大を認める。

 

すり足歩行や頻尿などは認めなかったので、水頭症の画像所見というよりも萎縮の左右差と捉えた。つまり前頭側頭葉変性症の可能性を念頭に置いた、ということ。

 

そして、初診から7ヶ月経過した時点の頭部CTは以下。

 

7ヶ月で進行した脳萎縮

 

全く同じスライスによる比較ではないが、左側頭葉外側の切れ込みが増え、側脳室前角が拡大している。

 

これは水頭症による脳室拡大ではなく、前頭葉内側面の脳萎縮の影響で、相対的に前角が拡大してきたものと考えた。

 

前頭葉及び側頭葉の萎縮進行から、当初想定したFTLDの可能性については妥当であったと思う。

 

そして、上記画像と同じタイミングで撮られた胸部レントゲンが以下。

 

肺癌のレントゲン写真

 

元々非常に真面目で頑なな性格であったようだが、それがFTLDの進行に伴い拍車がかかったのだろうか。

 

胃の切除後という影響もあっただろうが、食が細く、かつ長くマクロビオティックを実践していた方で、食に対して達観されていた。「このぐらいの食事が私には合っているの。無理はしたくないのよ、先生。」と言われたこともあった。

 

食事や低体重に関しては、介入当初から気に掛けてB12の補充や少量ドグマチールとプロマック、補中益気湯などによる賦活を図っていたが、目立った効果を上げることは出来なかった。ガンによる悪液質*1もあったのだろう。

 

初診時から既に肺癌を患っていたのか、それとも経過中に発症したのか。初診時で胸部レントゲンを撮影していないので分からないことである。

 

もし初診時で胸部レントゲンを撮影して異常陰影があったとしたら、その時点で呼吸器科にバトンタッチとなったであろうから、この方のその後を自分が見続けることはなかっただろう。この方が癌の宣告を受けた時、積極的な治療を希望されたであろうか?それとも静かな余生を希望して治療は拒否したであろうか?

 

考えても詮無いことではあるが、脳裏をよぎる。

 

こういう例を経験すると、物忘れ外来を受診する高齢者は全例で胸部レントゲンを行いたくなるが、呼吸器症状のない無症状の方に対する胸部レントゲンは、保険の観点からは望ましくない*2し、ルーチン検査にすると査定される可能性もある。

 

また、検査をあまり希望しない方にどこまで踏み込んで勧めるべきか、という問題もある。

 

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考えても詮無いことかもしれないが、考えてしまう。

*1:何らかの疾患により、栄養失調で骨格筋や脂肪を失い衰弱した状態

*2:後期高齢者であれば1割の自己負担以外は、保険者が支払う。無駄になる可能性のある検査は、極力控えることが国民皆保険を維持するためには望ましい