少し長くなるが、本書巻末からの引用で記事を始めることにする。
日常の外来診察を通じて感じることは、25年前よりもはるかに病状が多様化・複雑化しているということです。特に、PDD(認知症を伴うパーキンソン病)タイプにおいて認知症や精神症状の多様性についての解釈や評価が難しいという印象を受けます。
それにもかかわらず、安易に治療薬が次々と追加されていくだけの処方が普通に行われているのが現実です。過剰な他剤併用処方による薬物治療がほとんど効果を期待できず、反対に副作用で病状が悪化しているという事実を正しく認識しようとしない、外来医が数多くいることに失望させられます。
自らの頭で十分に考えることなく、ただ処方マニュアルなどをそのまま引用したような処方パターンが多く、閉口させられます。判で押したように、どんな症例に対しても、コリンエステラーゼ阻害薬を追加しておけばいいというステレオタイプ的な処方がその典型だと思われます。
我々医者が外来診療でまずすべきことは、目の前の患者さんに真摯に向き合い、十分な問診と診察を行い、病状を正確に評価することだと考えています。(p289〜290より引用)
これは、長年パーキンソン病を診てきた著者からの、神経変性疾患診療現場への怒りを込めた『警世の書』である。
神経変性疾患は個別対応こそが求められている
副題の「少しずつ減薬すれば良くなる」とは即ち、「たっぷり盛られた薬を減らしたら良くなる」という意味である。
このような逆説的なタイトルでの出版を決意した中坂先生も凄いが、ゴーサインを出した出版社も凄い。
現在のパーキンソン病の治療ガイドラインの最大の問題点は、年齢や病状の多様性に対するバリエーションが明確に示されていないことだと私は考えます。対症療法なのですから、本来は年齢(余命)や病状に応じて薬物治療を個別テーラーメイドにする必要があるのです。
学会では、「アンダーメディケーション(治療薬不足)」が問題とされ、「運動症状をよくするためにはとにかく薬を十分に増やせるだけ増やせばいい」という論調が腫瘤で、なぜか「オーバーメディケーション(治療薬過剰)」が問題にされることはほとんどありません。(p213より引用)
一口にパーキンソン病といっても症状の個人差が大きいため、必然的に治療は個別対応にならざるを得ない。しかし、ガイドラインには個別対応の仕方は載っていない。*1
無為無策で個別対応を行うことは危険なので、初学者はまず治療ガイドラインに目を通すべきではあるにしても、それは治療ガイドラインを盲目的になぞることと同義ではない。
ガイドラインに相対しながらも、「そこはそこ、それはそれ」という距離感を持つことが重要であろう。
通常は、常識的な感覚*2を持ちながら臨床的な経験を積んでいけば、距離感も自然と身についていくと思われる。
しかし世の中には、「ガイドラインに載っていないことは認めない・存在してはならない」という、ガイドラインと一体化したかのような教条主義者がいる。
そのような教条主義者は得てして高いポジションにいたりするのだが、「臨床におけるリテラシーを磨くことと知力とは、別の問題だなぁ」と感じることしきりである。
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本書では、「私の経験では~」という断りを入れて所感や臨床経験を述べている箇所が非常に多いのだが、これこそが臨床家として自然な表現である。
以前、とある講演会に参加したときのこと。
様々な臨床試験結果を散りばめて入念に作り込まれたスライドをスラスラと流暢に発表した演者に対して、講演終了後に
「先生の経験では、認知症の〇〇といった陽性症状に対してどのような薬物療法が適していると思いますか?」
と質問したところ、それまでの流暢さが一気に消えてしどろもどろになり、最後は「エビデンスに基づくことが大事です」という信念(?)を述べて壇上から去っていった。
自分の経験を自分の言葉で語れずに、大規模臨床試験の結果しか語れないことが何を意味するかは明白で、それは「研究ばかりしていて、ろくに患者を診ていない」ということである。
もしくは、「患者を診てはいるが、臨床リテラシーがないので目の前の患者が見えていない」ということでもあろう。
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減薬して良くなったことを評価される珍妙な現場
薬を多量に盛られた方を、再度評価し直して慎重に減薬していく作業は、やったことがある医師なら分かると思うが、とにかく時間がかかる。
中坂先生も恐らく、初診には相当な時間を費やしていると思われる。
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当院は開院からそろそろ2年が経過するが、外来の待ち時間が1時間を超える日がちらほら発生するようになっている。
その理由の一つに、「他院で大量に出された薬の後始末をしているから」ということが挙げられる。
減薬という、いわば他所の仕事の尻拭いで患者さんから喜ばれるというのは、なんとも妙な気分である。自分が一からその患者さんを良くしたわけではないからである。
ある患者さんの減薬のために他の患者さん達が待つ羽目になることに、歯がゆさも感じる。
減薬作業が、診療報酬でなにがしか報われることもない。残念ながら現行制度の下では只の「持ち出し」である。
薬剤投入の経緯と種々の薬剤増量で生じた副作用を確認する作業に30分の外来時間を投入しても、特別な加算は何もつかない。
他所の仕事の尻拭いのために、こちらの時間が持ち出しになっていることにゲンナリする。「これは誰かが企んだ近隣窮乏策なのでは?」と疑いたくなることすらある。冗談だが。
誰かがやらなくてはならない仕事なのだろうが、自分個人の精神衛生上は極めてよろしくない。
抗パーキンソン薬が際限なく増える理由
減薬で患者さんを良くすることは一種の「解毒」であり、解毒が治療の一つと言えるのであれば、中坂先生や自分がやっていることも世間では治療と呼んで貰えるのかもしれない。
だがそれは、本来的な意味での病気の治療とは全く別物であろう。
自分が患者さんにパーキンソンの要素を見出したときには、
- パーキンソン病の可能性がある
- パーキンソン病は個人差が非常に大きい病気である
- 数年後に、パーキンソン病ではない病気だったことが判明するかもしれない(パーキンソン病関連疾患)
- 初期から抗パーキンソン薬を増やしすぎると、あとあと大変な目に遭うことが多い
- 抗酸化治療のグルタチオン点滴療法は、短期的にも長期的にもメリットが大きい
このようなことをお伝えしている。
そして、食事を見直して糖質の過剰摂取があれば制限し、腸内環境を整えることの重要性も、併せてお伝えしている。
まだ数は少ないが、これらの工夫を実践することで、少量の抗パーキンソン薬とグルタチオン点滴で順調な経過を辿っている患者さん達はいる。
自分の考える本来的なパーキンソン病の治療とは、このようなものである。
しかし、パーキンソン病の病初期で当院を訪れ、説明を受けた患者さんの多くは怪訝な表情をしている。そして、いつの間にか通院が途絶えていく人たちもいる。
自分の伝え方の未熟さもあるのだろうが、相手側の理解力の乏しさとも決して無縁ではない。また、パーキンソン病所以の「治療薬を過剰に求めすぎる現象(p73)」も関係しているかもしれない。
通院が途絶えた患者さんは、別の病院で多くの抗パーキンソン薬を盛られているのか、それとも、自ら求めているのだろうかと想像すると切ない。
少量の抗パーキンソン薬で軽度症状改善があったのに、患者側がその効果に満足出来ずに増薬を希望することは、実はかなりある。
増薬に伴う中長期的なリスクを説明し、現状維持が無難であることを理解して貰うには時間がかかるのだが、自分の希望に医者が応えてくれないことに失望し、去っていく患者もいる。
ここでもやはり、「時間」が問題になる。
多くの患者を外来で診なければならない医者は、一人の患者に多くの診察時間を割くことが出来ない。そのため、時間のかかる作業は非効率的と見做して端折られがちである。
その他、患者に去られたくない医者は、それが決して本意ではなくても、求めに応じて薬を出すこともあるかもしれない。
その結果で副作用が発現しても、元々増薬が本意ではなかった医者は、心の中で「自分で求めたのだから、自己責任でしょ」ぐらいに思っているのかもしれない。
患者に対して驚く程の冷淡さを示す神経内科医を見かける度に、そのような医者の持つ心的風景を、自分は上記の様に想像している。
いずれにせよ、抗パーキンソン薬大量投与に関しては、処方元の医者側に多くの問題があるにせよ、一部は患者側にも、そして、現在の医療制度*3にも起因するところがあるのではないだろうか。
価値観を大事にして、「世間」で仕事をしない
医者としての自分は、「do no harm(患者に害を与えない)」という価値観を大事にしている。
この価値観を、医者を続けている間はすり減らさないようにしたいと思っているので、医者同士の会合なり懇親会なりの「付き合い」には極力顔を出さないようにしている。
時間がないということはあるが、それだけが理由ではない。
付き合いという「世間」を重視しているうちに、自分が大事にしている価値観が薄められてしまうことを恐れるからである。
付き合い重視で空気を読みすぎ大事な何かをすり減らし続けると、そのうちに「世間」のために仕事をするようになるのではないか、という懸念を自分は持っている。
普通の医者の世間とは畢竟、「EBM信奉、ガイドライン遵守*4」である。「抗パーキンソン薬や抗認知症薬は基本的に、規定量まで増量・維持」の世界である。
本書籍を読めば、中坂先生が世間で仕事をしていないことが良くわかる。
パーキンソン病に関わる医療介護者は、自身の襟を正すために。
そして、パーキンソン病患者さんとその家族は、知識を得て我が身を守るために、本書籍を一読することをお勧めする。
中坂 義邦
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