今回紹介するのは
「入院直後で手術という段取りをしていたら、今頃は・・」
と考えさせられた方である。
90歳男性 特発性正常圧水頭症+ピック病疑い
初診時
(既往歴)
胆嚢腫瘍で摘出術 内服何もなし
(現病歴)
昨年から様子がおかしくなってきた。息子さんを亡くしてからより目立つように。
奥さんと息子さんのお嫁さんと来院。ポケットに手を突っ込み、すり足歩行で入室。
(診察所見)
HDS-R:8
遅延再生:0
立方体模写:不可
時計描画:微妙
クリクトン尺度:12
保続:なし
取り繕い:あり
病識:なし
迷子:なし
レビースコア:0
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:4.5
頭部CT左右差:わずかに左側?
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:すりあし歩行 ここ一年ぐらい
排尿障害:あり
易怒性:あり
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:△
MCI:
その他:iNPH
Tablet signは認めないが、incomplete-DESHは疑われる。著明なすり足歩行。失禁もある。
滞続言語も著明で、どんな話題の途中でも常に「私は小説を書いていてね〜」で切り込んでくる。
iNPH(特発性正常圧水頭症)+Pick(ピック病)かな?
まずはTAP入院を。
TAPテスト(髄液排除試験)後
TAPで、3m往復歩行が3秒の短縮。自覚的他覚的に歩行改善あり。認知面の改善はなし。TAP効果持続時間は2日間であった。ご希望があり、LPシャント手術の予定を組んだ。
LPシャント入院当日
外来にて手術の説明を行い、同意を得た。ご本人も
「先生、明日はよろしく!」
と上機嫌で診察室を出て病棟へ向かったのだが、その2時間後に病棟の看護師からコールがあった。
「先生、患者さんが「帰る!」と暴れています」
慌てて病室を訪れると、大声で怒鳴りながら帰る準備をしていた。
1時間ほど説得を試みたが、術前説明を受けたことも最早忘れてしまっており、何故自分がここにいるのかが理解できずに
「こんなところに閉じ込めやがって!もう帰る!」
との一点張り。
なだめる奥さんを殴りだすなど収集がつかなくなり、結局そのまま退院とせざるを得なかった。同伴していた奥さんと義娘さんは泣いておられた。
退院2週間後の外来
前回入院するも、易怒性爆発し入院同日に退院。
以降、妻への突発的な暴力が目立つようになってきた。
ウインタミン4mg-6mg開始。メマリーも考えておくか。
シャント手術は、抑制系薬剤コントロールがついたら再度検討。他の内服はない。夜は眠れている。
1ヶ月後
昨日後方に転倒し頭部打撲。念のために頭部CTを→問題なし。
週に3回、デイサービス。穏やかにはなっている、と奥さん談。
ウインタミンは10mg/dayで継続。錠剤希望があるが、これは増量が必要になった時に検討。
1ヶ月後
暴力再燃。突発的。
奥さんの腕には捕まれて痣がある。
コントミン25mg/dayに増量。
(記録より引用終了)
その後ほどなくして、突然の意識障害で当院に救急搬送された。
到着後は速やかに意識は回復したものの、やはり「帰る!」と怒鳴りだした。
奥さんの介護負担も限界にきていたため、相談して精神科病棟に入院対応してもらうこととなった。
(記録より印象終了)
反省点と、今後の取り組みについて
初診時は、ADLを阻害する因子として
【 正常圧水頭症>ピック病】
という印象であった。クリクトン尺度が12点と、さほどの介護負担には至っていなかった。
- 歩行障害や失禁が改善できたら、本人や家族は大分楽になるだろう
- もしシャント手術後にピック症状が目立ってきたら、その時点でウインタミンを始めたらいいかな
このように考えていた。
高をくくっていた訳ではないのだが、高齢者、特に認知症患者は入院という環境変化に弱い、ということをもっと重視すべきであったのかもしれない。
- 入院直後に帰宅願望が出る可能性があるので、予定手術を明日に控えた認知症患者さんは、15時頃でリーゼを内服してもらい、その後早めの眠剤内服で休んで頂く。
- 術前説明は、入院前に済ませておく。そして、手術当日に入院して頂き、すぐに終わらせる。術後は傷の状態に問題がなければ早期退院。抜糸は外来で行う。
特発性正常圧水頭症+αの方に対してシャント手術を行う場合、今後は念のためにこのような準備も考えておく。
試行錯誤は続く。