鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

脳神経外科における新型コロナウイルス感染症の影響。

 

新型コロナウイルス(以下、コロナ)の不顕性感染が拡大している。不顕性感染とは、「感染している(していた)けれども、症状がない(なかった)状態」のことである。

 

東京の慶応大学病院が今月、新型コロナウイルス以外の患者67人に対して、感染しているかどうか調べる検査を行ったところ、およそ6%の人が陽性だったことが分かり、病院は地域での感染の状況を反映している可能性があるとしています。

慶応大学病院によりますと、今月13日から19日の間に新型コロナウイルス以外の患者、67人に対して、手術前や入院前に感染しているかどうか調べるPCR検査を行ったということです。

患者は全員、新型コロナウイルスに感染した際に見られる症状はありませんでしたが、およそ6%にあたる4人が陽性と確認されたとしています。

(「新型コロナ以外の患者6%陽性 地域の状況反映か 慶応大学病院」NHK NEWS WEB 2020年4月23日)

 

上記ニュースで取り上げられた6%という数字を、地域毎の感染拡大の勢いなど考慮せずに単純計算すると、日本全体で既に720万人ほどが感染している可能性がある、ということになる。

 

jp.reuters.com

 

アメリカでは恐らく、日本以上に不顕性感染が拡大していると思われる。

 

不顕性感染から発症(顕性感染)することは当然あるが、不顕性感染まで全て拾い上げて入院させることは既に不可能なフェーズに入っており、それを強行しようとすると病院がクラスター発生源となり医療は崩壊する。

 

診断に特化した診療スタンド、入院治療とリハビリに特化した病院、医療者が常駐する軽症待機者向けの宿泊施設など、機能を分けつつ互いに連携する対応策の早期確立が望まれる。

 

一人の下垂体腫瘍患者の経鼻手術で、14人の医療関係者がコロナに感染した

 

診療科ごとにコロナの影響は様々だろうが、脳神経外科領域では、下垂体腫瘍の手術アプローチでスタンダードな手法である「経蝶形骨洞的手術(TSS)」に影響が出ている。

 

以下は、「一般社団法人 日本間脳下垂体腫瘍学会」からの引用。赤文字強調は筆者によるもの。

 

2020年4月6日
COVID-19感染の対応に本学会員の皆さまも日々苦慮しておられることと思います。
4月3日付けで日本脳神経外科学会から下記の提言が示されました。

ご周知のように新型コロナウィルス感染が蔓延しつつあり、経鼻手術の危険性が指摘されています。
日本脳神経外科学会として、経鼻手術に関して以下を提言します。
まず、各施設の感染対策室等の指示に従うことを原則とし、
1)不急の手術は延期とする。
2)手術が必要な症例については、臨床症状や胸部CT等からのコロナ感染リスクを徹底評価する。
3)手術は陰圧室にて行い、医療者はN95マスク、フェイスシールド(アイゴーグルなど)、手術用ガウンなど
を着用し空気感染を予防する。

 

本学会としても日本脳神経外科学会の提言を支持します。


1)不急の手術は延期です。症状があって手術が必要な場合には、各施設の指示に従って手術を行うか判断してください。なお、耳鼻科学会では手術や外来処置を制限しています。経鼻手術の術後処置などに支障がありますので、各施設の耳鼻科と打ち合わせの上で手術を実施してください。


2)入院前に症状や外出歴を確認し、手術予定の患者全例またはCOVID-19感染の可能性が疑われる場合に、各施設できめられたPCR検査やその他の検査を行ってください。


3)手術を行う場合には、手術部・麻酔科と協議し、各施設の指示に従って感染予防の上で手術を実施してください。
なお、今後の状況により提言が変わりましたら、改めて周知します。

            日本間脳下垂体腫瘍学会 理事長 齋藤 清

 

 

下垂体腫瘍に対する経鼻手術のイメージは、以下の図をご参考に。

 

 

下垂体腫瘍の手術

東海大学医学部脳神経外科HPより引用

 

大きく開頭することなく低侵襲で行える手術なのだが、蝶形骨洞という副鼻腔を経由して、一部骨を削って病変に到達するという手技の特性上、もし蝶形骨洞内にコロナが存在した場合、手術室内はほぼ確実にウイルスに汚染される。

 

Dr. Xiaoguang Tong, our colleague in neurosurgery, serving in one of the hospitals in Wuhan, has informed us that the first case with the most widespread infection in Wuhan was an endoscopic pituitary surgery. This has now also been documented via another source in China Newsweek.


All 14 people who came in and out of the OR during that case became infected.
He saw this repeat with other endoscopic cases. He has also shared that a significant number of doctors who died in China were ENTs and Ophthalmologists, possibly due to the high viral shedding from the nasal cavity. This has now been confirmed in the media as well.

 

This logically makes sense to us based on data showing higher viral load in nasal swabs than lower in the respiratory tract, as well as the knowledge that if the viral particles become aerosolized , which appears possible during endoscopy (let alone endoscopic surgery, where the epithelial lining is actively being disrupted), they stay in the air for at least 3 hours, if not longer.

 

 

上記は日本間脳下垂体学会ホームページに掲載されていたPDFファイルからの引用だが、武漢である下垂体手術に関わった14人の医師や看護師がコロナに感染したとのこと。

 

偶然にもその患者がコロナのスーパースプレッダーだったということだが、詳しい顛末は以下のページから確認出来る。ブラウザの翻訳機能推奨。

 

page.om.qq.com

 

コロナは気道よりも鼻腔からの排出量が非常に多い*1そうで、そうすると、「PCR検査のための鼻腔スワブ」という行為を通じて、相当な量のウイルスが世界中で飛散したことになる。ウイルスは空気中に拡散されても瞬時に消滅するわけではなく、エアロゾル化したら少なくとも3時間以上空気中に残存する可能性が指摘されている。

 

不顕性感染者の鼻腔スワブで拡散したウイルスが他者を発症させた例など、実は相当数あるのではないだろうか。

 

膨大な数の不顕性感染者がいて、かつ、コロナ保有者の経鼻手術に高いリスクがあることが分かっている現状、緊急性がない限りは経鼻手術が延期になるのは仕方が無い。

 

最近当院で見つかった下垂体腫瘍の患者2名も現在、手術が待機となっている。全国でも同様に待機している患者が大勢いることだろう。

 

コロナが終熄する見込みは当面立たないので、事前検査を徹底することで待機患者の手術に踏み切るという判断を、今後どこかの時点でせざるを得なくなるだろう。

 

不顕性感染者が多数いるという事実は、世界中の医師、特に外科医を萎縮させているに違いない。

 

*1:このことは、感染による嗅覚脱失と無縁ではないと思う。