頭部外傷をきっかけに起きる急性硬膜下血腫。手術が必要な場合もあれば、不要な場合もある。
我々脳神経外科医は「コウマッカケッシュ」と呼ぶことが多く、その為か説明の際に「くも膜下出血(クモマッカシュッケツ)」と聞き間違われることが多い。二つは勿論、別の病気です。
硬膜下腔とは?
以下ののCTで説明。
脳と、脳を包む硬膜の間の隙間のことを「硬膜下腔」と呼ぶが、加齢に伴い脳は萎縮するため、この硬膜下腔は相対的に拡大する。
硬膜下腔の拡大で起きやすくなる病気が慢性硬膜下血腫。慢性とは「ゆっくり」という意味。つまり血腫がゆっくりと溜まる。もし「急に」溜まれば、それは急性硬膜下血腫である。
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80代女性 急性硬膜下血腫(受傷機転不明)
入院時
近医から紹介。
頭痛でその病院を受診し、頭部CTを撮ったところ急性硬膜下血腫を認めるとのことで紹介受診。歩いて来院された。
初診時の頭部CTが以下。
右の急性硬膜下血腫。
色合いが白いほど、「急性≒新鮮」な血腫と考えられる。
血腫量はそれなりにあったが、脳への圧迫が軽く、症状も軽度の頭痛のみであった。このまま吸収されていく可能性もあり、ひとまず保存的に(点滴など用いて)経過観察入院とした。
その後の数日で、徐々に左上下肢に麻痺が出現。言葉も出にくくなってきた。因みにこの方は左利きである。その為に右脳への圧排で失語が出ていると思われた。
入院1週間後
血腫の色合いが薄くなっているのがお分かりだと思う。
そして、血腫の厚みにさほどの変化はないものの、脳への圧迫が強まって正中構造が偏位している。
この段階に至り、手術治療を検討することにした。
通常は急性(亜急性)硬膜下血腫の手術は「全身麻酔で開頭血腫除去術」だが、自分が選択したのは「局所麻酔で穿頭血腫除去術」だった。
術後経過は・・・?
初回手術から1週間後のCTが以下。まだ残存血腫があり、脳への圧迫も残っている状態。
このCTを確認後に、同じ手術創を用いて2回目の手術を行った10日後のCTが以下。
血腫は減少し、正中構造は回復。勿論麻痺症状や頭痛なども改善しており、元気に自宅退院となった。入院期間は29日間であった。
血腫腔ドレーンを介した、ウロキナーゼ注入療法
今回は開頭術ではなく穿頭術を選択したわけだが、その根拠は
- 脳ヘルニアのような緊急事態ではない
- 80歳を超えており、全身麻酔はリスクが低いとは言えない
- 穿頭術では恐らく術中に血腫の回収は難しいだろうが、術後にウロキナーゼを併用すればいいだろう
このような考えである。
「今すぐ大きく開頭しないと命取りになる」という場合には、我々脳神経外科医はさほど躊躇せずに全身麻酔による開頭血腫除去術を選択する。今回はやや余裕があり、またかなりの高齢であったので、より負担の少ない方法を選択した。
上記赤文字強調で書いた「穿頭術では恐らく術中に血腫の回収は難しいだろう」とは
【急性期(発症から2週間以内ぐらい)の血腫は固く、穿頭術によるドレーン留置では回収困難】
という、脳神経外科医にとっての常識を意味する。
慢性硬膜下血腫は通常発生から4週間以上経過していることが多く、その時点では既に血腫は水成分が多くなっているため、ドレーン(体内にたまった血液や水分を体外に排出する管)による回収は容易である。しかし、急性硬膜下血腫ではそうはいかない。
そこで活躍するのが、ウロキナーゼという血栓溶解剤。
脳外科領域では通常、急性期の脳梗塞治療に点滴で使用される薬である。
ウロキナーゼ - Wikipedia
今回のように「血腫腔内」に投与する方法は一般的ではないが、既に10例以上に行い全例において経過良好、出血増悪などの合併症は来していない。
以下の条件を満たしていたら、家族と相談して適応としている。
- 脳ヘルニアが迫っているような超緊急事態ではない
- 85歳を超えるような超高齢者
- 新鮮な出血が持続していないことの確認
この治療方法を思いついたのは、以前勤務していた病院において、脳内血腫にドレーンを留置してウロキナーゼ投与を行っていた経験があったことと、その治療成績が抜群に良かったので、急性〜亜急性硬膜下血腫にも安全に適応出来るだろうと考えたからである。
侵襲(身体へのダメージ)は少ないに越したことはない
特に高齢者においてはそうなのだが、手術による身体へのダメージは出来るだけ少なくしたい。
脳神経外科の手術適応は、時に「命を救えるかどうか」が最も重要な判断材料となるため、侵襲を二の次にせざるを得ないこともあるのだが。
ちなみに、全身麻酔による開頭血腫除去術であれば、最も大きく開頭する場合は以下の様な皮膚切開となる。
それに比べて、穿頭術なら以下である(約4cm)。
これで済むなら、こちらの方が身体には優しいと言えよう。
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