2025年に間に合うのだろうか?
増え続ける認知症患者さん。そして、疲弊していく家族や介護スタッフ。
あと10年で2025年(団塊の世代が75歳以上の後期高齢者となる年)を迎えるが、介護スタッフの減少、そして今年4月からの介護報酬削減など、問題は山積している。
日々の業務をこなすことで精一杯
このような声は多い。介護に限らず、病院でもよく聞く声である。看護師の立場だと、
- 入院時の病歴や入院歴などの聴取
- 看護計画作成
- 点滴や採血、移動や食事、入浴介助など
- 退院支援
- 看護サマリー作成
医師の立場だと、
- 外来
- 病棟
- 手術
- カルテや手術記録、退院サマリー、その他介護保険主治医意見書、保険関係書類etcの作成
などがザッと思い浮かぶ。どのような仕事でも、必ずこなすべきルーチンワークというものは存在する。
しかし、仕事=ルーチンワークのみとなってくると、人は疲弊していく。真面目な人は悩み去って行き、不真面目な人は手を抜き出す。
やっかいな同調圧力
日本人の特性かどうかは分からないが、同調圧力というものが存在する。例えば、
他のスタッフがやっているようにすればよい。余計なことはするな
とか、
みんな我慢してやっているのだから、あなたもそうしてくれるよね?
など。 分かりやすく言えば、「空気を読めよ」というところか。
主に経営側の責任が大きいと思うが、同調圧力の強い職場だと、創意工夫が失われていくように思う。馴染めない人達は去るしかなく、残った人達の間で更に同調圧力が高まっていく。
介護現場から人が去って行くのは、単純に仕事がキツいという以外に、この同調圧力も影響しているのではないかと思う。
自分や患者さん(利用者さん)のための勉強
仕事の目的が「生活の糧を得るため」のみであれば、人はルーチンワークをこなすだけでもいいだろう。
しかし、「関わる患者さん(利用者さん)に少しでも良い何かを提供したい」のであれば、やはり勉強するしかないし、その勉強は大抵は自分の生産性を向上させるので、結果自分の為にもなる。
認知症の方達を一括りにして「あの人は認知があるからね~」と話す医療スタッフ、介護スタッフは多い。「みんな同じ認知症の人」として対応しようとする。
しかし、自分で病型診断が出来れば、ピック病の人やレビー小体型認知症の人への対応など、自ずと使い分けることが出来るようになるし、それは必ず業務構築にも役立ってくる。
ある介護福祉士の方の声
先日行われた、第一回認知症治療研究会において、ある介護福祉士の方が発表された。ご自身のブログに、その内容を載せておられたので、印象に残った箇所を抜粋し、要約して紹介したい。介護現場の方達は、頷くところが多いのではないだろうか。
- アルツハイマーと診断されてアリセプトが出された途端、弄便や放尿、食行動異常、裸になるなどの症状が出現。
- 夜中に大声を出す利用者。よく観察すると幻視を見ている様子だったので、抑肝散の処方を上申。速やかに幻視は落ち着いた。
- 介護士が薬のことに口出しするなと、看護師に詰られた。
- 認知症を勉強しない介護スタッフは、周辺症状を性格や体調、環境変化だけで理解しようとする。
- 非薬物療法で何とかするのが介護だと、頑なに思い込んでいる人達がいる。
- 診察室での時間だけで、医者がその人を理解するのには限界がある。共に過ごす時間が長い介護スタッフの観察眼が重要である。
などなど。この方も職場の同調圧力に曝されて孤軍奮闘中のようだが、その観察眼は一般的な医師や看護師を遙かに凌駕している。
このような方が、毎回患者さんの病院受診に付き添ってきて頂けたら、外来はさぞ捗るだろうなぁと思う次第である。