心不全で入院していた父が先日、リハビリのため転院になった。
医療上必要な転院というよりも、我々家族が「逃がした」という表現の方が適切かもしれない。
入院前は中等度介助で歩行していた父が、3週間の入院で寝たきりになり、食事も摂れなくなってしまった。
せん妄は初期対応が重要
高齢者の入院中に頻度高く起きるせん妄。父もご多分に漏れず、入院当日の夜からせん妄を発症した。
そのこと自体は致し方ない。
重要なのは、せん妄の早期発見と早期対応である。
早期対応には薬物療法も非薬物療法も含まれるが、さし当たって重要なのは「離床」である。これは医療関係者にとっては常識であり、いかに早期に離床を進めていくかということは、患者回復のみならず在院日数短縮にも繋がることなので、患者と病院双方にメリットがある。
せん妄に対する初動を誤れば、そのうちにせん妄を起こすエネルギーすら枯れ果てて沈んでいく。その深みから戻って来れなければ、患者は死ぬ。
入院翌日に見舞いに行った時に、看護師が「昨日の夜は落ち着かずにソワソワしていました」と教えてくれた。つまり、せん妄を把握していた。そして、父は早期に離床出来ないほど状態が悪いわけではなかった。
しかし離床が進められることはなく、父はベッド上で放置された。
義歯(総入れ歯)を外したままだと、嵌められなくなる
入院当初は食事が自己摂取出来ていた父。
しかし、せん妄に未介入のままベッド上で放置された結果、昼夜逆転をきたし日中は傾眠傾向となった。食事中もウトウトし最後まで集中できず、食べ残しが増えてきた。
入院前から義歯(総入れ歯)の嵌まり具合が良くはなかったのだが、入院後ほどなくして義歯は付けてもらえなくなった。病院側の言い分は「上手く嵌まらないし、誤飲してしまうリスクがあるから」とのことであった。
部分入れ歯ならともかく、総入れ歯を誤飲するリスクが父にどれほどあったのだろう。少なくとも自分はそのような患者を経験したことはない。ただし、義歯を付けたままでずっと仰臥位にしておくのであれば話は別である。意識障害がある寝たきりの高齢者であれば、総入れ歯でも誤飲する可能性はある。
誤飲のリスクを下げたいのであれば、ベッドをギャッジアップし坐位をとらせ、車いすに乗せて離床を進めればよい。仰臥位を強いながら誤飲のリスクを理由に義歯を付けさせないというのは、何がしたいのかちょっと分からない。
義歯を外したままにしておくと、歯肉の萎縮などから嵌まりにくくなるのも問題である。細菌繁殖を避けるために夜間睡眠の際に外すことはいいとして、終日外しっぱなしにするのはいただけない。
こういう時に、通常であれば為されるであろう食事形態の工夫や、スタッフの食事介助の努力は、我々家族が観察していた限りでは行われていなかった。
残した食事は早々に下げられ、恐らく看護記録には「主食2割、副食3割」などと書き込まれていたのだろう。
それを担当医が確認して、「食思不振なら補液が必要だな。痰がゴロゴロしているなら絶食にした方がいいかな。」などと考えたのだろう。
その後父は絶食点滴管理となり、嚥下咀嚼能力は廃用レベルに追い込まれた。
最大の問題は、リスク回避という名のネグレクト
自分が仕事を終えて夜に見舞いに行ったある日のこと。
ベッドに横たわる父が、近くを通りかかった看護師に向かって「アー、オーイ」と呼びかけた。義歯は入っておらず、そばで聞いていた自分にも不明瞭な言葉ではあったが、確実に看護師には届いていた。
しかし、驚いたことに、その看護師は父の方を一顧だにせずに通り過ぎたのである。
このことを、帰宅してから妻(看護師)に話したところ、
「私が見舞いに行った時も、いつもそうだよ。」
と教えてくれた。特定の看護師だけがそうなのではなく、フロアにいるほぼ全ての看護師が同じ態度なのだそう。
父をここまで弱らせた原因がハッキリと分かった。それは、「ネグレクト」である。
病から回復するには活気が必要だが、自発性が期待出来る若年者は別として、高齢者を活気づける、または元々持っていた活気を維持するためには、周囲の声かけが必須である。自宅でそれを行うのは家族(介護者)であり、入院中は医療スタッフが行うべき「業務」の一つである。
バイタルチェックに採血、検査や手術への搬出、与薬や点滴、おむつ交換や体位交換。そのようなルーチン業務は、こなすだけで仕事をした"気"にさせてくれるものだが、ルーチン業務だけに注力している医療スタッフは、本来患者が持つ自然治癒力に注意を払っていないように見受けられることが多い。
「〇〇さん、いつも相撲をみていますね。好きなお相撲さんは誰ですか?」
「〇〇さん、横になってばかりだと弱りますよ。少しベッド端に座ってみませんか?」
「今日は熱は出ていないみたいですね。良くなってきていますよ。頑張りましょう。」
熟練の看護師や医師ほど、ルーチン業務ついでに患者に声をかけ、業務の合間に病室を訪れては、無聊を託つ患者に声をかけていく。物言わぬ患者にも声をかけ続け、身体に触れ続ける。*1
患者への声かけが、自然治癒力を引き出すことを知っているからである。
転院先の入院時説明の際、痩せさらばえ衰えきった父を見た担当医が、
「〇〇病院では、何の治療をしていたんでしょうね・・・」
と絶句していた。
父は、ただただ何もされていなかっただけである。何もされず、声もかけて貰えず、衰えきったのである。
- 誤飲のリスクがあるので義歯は外す。
- 転倒のリスクがあるのでベッド柵は縛って固定する。
- 食事を出しても食べないので、脱水のリスクを懸念して補液をする。ただし単味。
- 情報管理のため、医師の指示がなければ看護師は病状について家族に話してはいけない。
無自覚なネグレクトは、大なり小なり全ての病院が抱える問題だが、厄介なことに、このネグレクトは「リスク管理」という大義名分の元で行われている。
子供へのネグレクトは発達に重大な影響をもたらし、高齢者へのネグレクトは生命力を細らせる。
良かれと思ってのことではあったが、父を入院させた自分の不明を恥じる他ない。*2
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