鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

ある認知症専門医に対する雑感。

 

「〇〇さんはレビー小体型認知症なので、唯一の保険適応薬であるアリセプトで治療をするのが決まりです。他の薬は出せません。」

 

ベテラン専門医のA医師が、アリセプトで副作用が出ていると感じて他剤への変更を希望した家族に言った言葉である。

 

この言葉を受けて、患者さんのご家族は当院への引っ越しを決意された。

 

専門医の定義とは?

 

認知症専門医とは通常、老年精神医学会や日本認知症学会が定めた規準を満たした医師のことを指す。

 

老年精神医学会の専門医一覧はこちらから、日本認知症学会の専門医一覧はこちらからどうぞ。

 

ちなみに自分は脳神経外科専門医だが、認知症に関しては「非」専門医である。*1

 

ここで、専門医の定義を確認しておきたい。

 

自分が有する脳神経外科専門医の資格は、

 

「脳神経外科専門医」は、昭和41年に定められた専門医認定制度に基づいた研修の後に厳正な試験に合格し、更に所定の生涯教育を継続していることを認定された医師です。
脳神経外科の対象は、国民病とも言える脳卒中(脳血管性障害)や脳神経外傷などの救急疾患、脳腫瘍に加え、てんかん・パーキンソン病・三叉神経痛・顔面けいれん等の機能的疾患、 小児疾患、脊髄・脊椎・末梢神経疾患などです。脳神経外科専門医は、これらの予防や診断、救急治療、手術および非手術的治療、あるいはリハビリテーションにおいて、 総合的かつ専門的知識と診療技術を持ち、必要に応じて他の専門医への転送判断も的確に行える能力を備えた医師です。(日本脳神経外科学会HPより引用)

 

このように定義されている。

 

世間が専門医に持つイメージとは恐らく上記の様な、「特定の疾患に対する専門的知識と経験、技術を持つ医師」というものであろう。

 

これまでは各学会が各自のルールで専門医制度を運用していたのだが、中立的立場を唱える日本専門医機構という第三者機関が、「国民にとって分かりやすい専門医制度の確立」を目指して新たなルール作りを始めている。

 

この機関が示した専門医制度新整備指針(第二版)によると、専門医とは

 

それぞれの診療領域における適切な教育を受けて十分な知識・経験を持ち、患者から信頼される標準的な医療を提供できるとともに、先端的な医療を理解し情報を提供できる医師

 

と定義されている。

 

何が標準的な治療なのかを患者が判断することは通常難しいので、「患者から信頼されるー標準的な医療」ではなく、「患者から信頼されるー医師」という係方が日本語としては正しいように思う。

 

そうすると、日本専門医機構の定める専門医とは「患者から信頼される医師」ということになる。

 

誰でも出来る処方に拘る専門医

 

冒頭のA医師の「レビー小体型認知症にはアリセプトしか出せない」という説明で、患者さんご家族は当院への引っ越しの決意を固めた。

 

アリセプトは、レビー小体型認知症に対して現在唯一の保険適応薬である。保険適応薬がちゃんと効いてくれるのであれば認知症診療は楽なものだが、話はそう簡単ではない。

 

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「アリセプトで具合が悪くなったので別の薬に変えて欲しい」という患者として当然の希望は、A医師には届かなかった。

 

「扱える認知症保険薬の範囲内で、添付文書とガイドラインに沿った標準治療を行うことが認知症専門医としての務めである。アリセプト以外の抗認知症薬をレビー小体型認知症に用いるのは、保険診療上認められていないので出来ない。」

 

とA医師が思っているのかどうかは分からない。

 

A医師のところから当院に引っ越しされる患者さんは結構おり、彼の処方の癖は大体把握している。

 

具体的には、アルツハイマー型認知症に対しては

 

『アリセプト、レミニール、リバスタッチ(イクセロン)から治療を開始し、標準量まで増量する。後にメマリーを加えて標準量まで増量する。途中で周辺症状(≒陽性症状)が目立つようになれば、抑肝散を使用する。それでもダメならグラマリールを使用する。』

 

このような処方をしており、レビー小体型認知症に対しては

 

『アリセプト3mgで治療を開始し、標準量5mgまで増量する。幻視をはじめとした陽性症状には抑肝散を使用する。』

 

このような処方を行っている。

 

その他の認知症については、例えば前頭側頭型認知症であれば

 

『治療方法はありません。』

 

このような感じらしい(患者家族情報)。

 

ガイドラインに則した標準治療の見本とも言える処方内容だが、この処方で改善する患者さんの数は残念ながら少数だし、そのことはA医師も分かっているはずである。

 

そして、このような処方は専門医しか出来ないものではなく、認知症に関わる多くの医師が行っているもので、つまりは「誰でも出来る処方」である。

 

改善率を上げたければガイドラインを越えていくしかないが、ガイドラインを越える行為は認知症専門医として出来ない。*2

 

ひょっとするとA医師にはそのような葛藤があるのかもしれないが、実際には「誰でも出来る処方」が行われている理由はもっとシンプルなところにあると思っている。

 

認知症に飽きてしまった専門医

 

抗認知症薬の規定増量

規定通りの増量

 

これは、A医師がレビー小体型認知症の患者さんに発行した処方せんである。

 

「3mgで始めて、1~2週間後に5mgに増やす」という添付文書通りの処方の仕方だが、A医師は頻繁にこのような処方を行っている。

 

ちなみに自分はアリセプトを処方するようになって10数年になるが、このような機械的増量を行ったことは一度もない。

 

それは、3mgのアリセプトで副作用が出ないかを確認せずに5mgを処方するのが怖いからである。

 

ちなみに、アリセプトを販売するエーザイの考えは

 

患者や家族には、有効用量を服薬開始後、効果が出るまでに約3カ月かかること、すぐには効果が現れないこと、また、効かないからといって勝手に止めてしまうことがないように、あくまでも、症状の進行を遅らせる薬であり、根本的な治療薬ではないことを説明し、理解していただくことが大切である。(エーザイHPより引用。赤文字強調は筆者によるもの。)

 

である。また、同HPには他にも

 

副作用の出現が原因で服薬を早期に中止している現状を回避するためには、副作用の発現しやすい投与開始時期および有効用量へ増量する時期に、副作用の予兆と対処方法について服薬指導を行うことがポイントである。説明時には患者の副作用症状の確認とともに、薬物療法への不安を傾聴し、生活背景に考慮した情報提供を親身になって行うことが、服薬アドヒアランスの向上に繋がる。(エーザイHPより引用。赤文字強調は筆者によるもの。)

 

このような記載もある。

 

抗認知症薬の機械的増量は、製薬会社にとってはいざ知らず、患者にとってはメリットが何もない。医者にとっても、特段のメリットがあるとは思えない。*3

 

想像だが、恐らくA医師は認知症診療に飽きている。

 

MRIを撮影し、VSRADで脳萎縮を機械的に判定し、SPECTで脳血流を測定し、抗認知症薬を型どおり処方し続け、毎日のように家族の悩みを聞き続け、という仕事に飽き、倦んでしまっているのだと想像する。

 

A医師は、患者さんが頻尿の相談をしたら「それは泌尿器科に相談しなさい」と言い、胃腸の不調を相談したら「それは僕の専門外だから、消化器内科に相談しなさい」と言うらしい。*4

 

そのように言われたら、患者や家族からすれば「認知症のこと以外は相談してはダメなのか?」という気分になるだろう。

 

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認知症という疾患のみで繋がる患者と医者の関係は自分にとっては酷く歪に感じるが、「認知症診療に飽きている」と考えれば、そのような態度になるのも頷けるような気はする。

  

特に面識もない自分にとって、A医師が仕事に飽きていようがいまいがどうでもいいことではあるが、A医師の元から転医してくる患者さんやご家族のことは不憫に思う。

 

「専門の先生にかかっているのだから」と信じて通い続け、抗認知症薬や抑肝散のみを同じ用量用法で延々と出され続け、認知症以外の相談をしても「それは専門の先生に聞いて」と言われ続けた患者さんやご家族のことを想うと、不憫で仕方がない。

 

*1:ちなみに自分は、昨年が日本認知症学会の専門医受験資格を満たした年だった。この受験資格を満たすために、学会に所属して講習会に3回ほど出席した。去年までは取得するつもりでいたのだが、とある専門医から「運転免許絡みで警察からの依頼が増えますよ」と聞いて考えなおした。運転免許更新については、自分の患者さんで既に綱渡の思いで診断書を書いているため、ここに新たな、しかも断ることの難しいであろう案件が舞い込んでくると診療に多大な影響が出る可能性を考慮して、専門医受験は見送ることにした。専門医の資格がなければ出来ないことは何もないので、別にいいかなと思っている。

*2:ただし、国内ガイドラインでも「適応外」との括りはあるものの、DLBへのリバスチグミン投与については記載はある。また、アメリカ神経学会ではDLBに対してリバスチグミンは明確に推奨されている。

*3:まさか、「3mgで副作用が出ていることを確認するのが面倒くさい。その確認をする一回の外来の手間を省けるのはメリットだ」ということはないだろうとは思うが。

*4:認知機能が衰えれば過食や拒食、排泄の問題が出てくるので、消化管や泌尿器系、生活習慣病への取り組みは必須となる。認知症の人を診るということは全身を診るということに等しい。