鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

バセドウ病の改善例。

30代の女性Aさんが、頭痛と物忘れの相談で来られた。

 

「まず認知症ではなかろう」と思いながら形式的に行った長谷川式テストは満点で、視空間認知テストも問題はなかった。

 

「発作が来ると光をまぶしく感じる」という症状は片頭痛的だったが、どちらかといえば天候やストレスに左右される頭痛がメインのようだった。また、毎日イブを飲んでいるという状況からは、薬物乱用頭痛の可能性も疑われた。

 

Aさんは特殊な業界で電話対応の仕事をしており、見るからに疲れていた。

 

採血をしてみると、

 

  • Hb 10.0(↓)
  • MCV 79(↓)
  • TG 31(↓)
  • 血糖 100
  • BUN 12.8
  • TSH 0.10未満(↓↓)
  • F-T3 5.6(↑)
  • F-T4 1.97(↑)
  • TRAb 39(↑↑)
  • 血清鉄 22(↓)
  • フェリチン2.4(↓↓)

 

という結果だった。

 

「鉄欠乏を伴う貧血に甲状腺機能亢進(バセドウ病)があります。このいずれも、物忘れや頭痛に関係している可能性があります。また、中性脂肪の低さから機能性の低血糖をしばしばおこしている可能性もあります。」

 

と説明した。

 

抗甲状腺薬メルカゾールと貧血治療の鉄剤、どちらを先行させるか迷ったが、バセドウ病の古典的三徴に欠けていたので、ひとまず鉄剤のフェルム100mgを先行することにした。

 

※甲状腺腫、眼球突出、頻脈

 

そして、天気頭痛には五苓散、拍動性頭痛には呉茱萸湯と、頭痛に対しては漢方薬の頓服で対処することとした。

 

しかし通院は3回ほどで途絶えた。

 

Aさんとの再開は、それから2年後のことになる。

 

頭痛とめまいの悪化、そしてうつと不眠を併発し再来院

 

ある日、連日のように続く頭痛とめまいを主訴に、久し振りにAさんが来院した。

 

頭痛は明確に右片側性で拍動性、羞明と嘔気を伴っていた。制吐剤の点滴をしながら片頭痛専用薬のゾーミッグを服用して休んでもらったところ、1時間ほどで頭痛とめまいは軽快した。

 

このときAさんは、「毎日のように体調が悪くて辛い」と泣いていた。

 

2年の空白の間にAさんは心療内科に通うようになっており、そこで抗うつ薬や安定剤を貰って飲んでいたが改善はなかったとのことだった。

 

採血をしてみると、フェリチンは2.9と相変わらずの低値で、その他のパラメータも2年前と横ばいだった。

 

以前当院から処方した鉄剤フェルム100mgで消化器症状があったようで、これが切っ掛けで来院が途絶えてしまったのかもしれなかった。

 

治療の再開にあたり、片頭痛対策として呉茱萸湯を朝夕1包ずつ定期内服とし、鉄剤はフェロミア50mgで控えめに再開した。抗甲状腺薬メルカゾールは、自覚的他覚的に動悸や頻脈、食欲亢進といった甲状腺機能亢進症状に乏しかったため、今回も一旦見送った。

 

食事を聞くと、多忙のため1日1食がやっとで、それもほぼ炭水化物とのことだった。

 

どうしても多忙なときはせめてプロテインドリンクを利用すること、そして、出来る範囲で低糖質高たんぱく食を心がけ1日2~3食を摂ることなどを伝えた。

 

同時に休養のための診断書を書き、Aさんには会社を休んで貰うことにした。程なくしてAさんは、仕事を辞めた。

 

それから半年以上が経ち、Aさんは穏やかな日々を手に入れた。

 

仕事を辞めた当初は復職への焦りが強かったが、じっくりと体調回復を優先するように伝えたところ、素直に従ってくれた。

 

今は、頭痛やめまいは殆ど無い。

 

鉄補充・低糖質高たんぱく食でバセドウ病が改善

 

糖質制限を続け、卵は毎日最低2個食べるようにした結果、当初はフェロミア50mgでも起こしていた胃もたれが全く無くなった。

 

  • Hb 13.0
  • MCV 93.5
  • TG 66
  • 血糖 84
  • BUN 24.2
  • TSH 0.10未満
  • F-T3 2.9
  • F-T4 1.20
  • TRAb 14
  • 血清鉄 63
  • フェリチン44.7
  • TIBC 234

 

血液検査のパラメータは、2年前と比較して見事に改善している。

 

BUN12.8→24.4は高たんぱく食の、HbやMCV、フェリチンの上昇はフェロミア50mgの結果である。

 

TIBCが234と基準内低値で、かつトランスフェリン飽和度(TSAT)は27%と十分な数字なので、フェリチンこそ44とやや控えめな数値ではあるが、既に病的鉄不足状態は脱していると考えて良い。

 

甲状腺刺激ホルモンTSHは0.1未満、かつTSH受容体抗体TRAb14なので、未だバセドウ病の診断基準は満たしているものの、甲状腺ホルモンF-T3とF-T4は基準内値に回復しており、甲状腺機能亢進症状も勿論ない。

 

※TSHの基準値下限は0.35、TRAbの基準値は2未満。F-T3とF-T4の上昇かつ、TSH↓↓、TRAb↑↑でバセドウ病と診断する。

 

メルカゾールを先行させるべきではなかったか、という想い

 

Aさんは恐らく、バセドウ病が先行して鉄代謝異常をきたし鉄不足になり、そして、鉄不足が更に甲状腺代謝を乱すという悪循環に嵌まっていたのではないかと思われる。

 

TRAbが39→14に低下したことから、鉄補充による鉄欠乏状態の改善がバセドウ病の改善(≒自己免疫改善)に繋がった可能性は高い。ここには、低糖質高たんぱく食も寄与していることだろう。勿論、自然軽快の可能性も否定はしない。

 

甲状腺機能亢進症状がなく、かつF-T3とF-T4も基準内の今、TRAbを2未満にするためにメルカゾールを使用する意義は低いと個人的には考えている。

 

では、2年前の初診の時点で鉄剤ではなくメルカゾールを先行させていたらどうだったのだろう。鉄剤による消化器症状で通院が途絶えることなく、良い経過を辿っていたかもしれない。

 

再会するまでのAさんの辛かったであろう2年間のことを考えると、この選択の是非については、自分の中で課題として残っている。

 

バセドウ病
Posterior and Anterior View of the Larynx by Annie Campbell flickr photo by dundeetilt shared under a Creative Commons (BY-SA) license