鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

バランス感覚を欠いた専門医療は、高齢者にとって凶器になり得る。

 

とある消化器内科クリニックと心療内科クリニックに通院中であった、高血圧などを持つ独居の80代後半の女性(HSさん)をご紹介する。

 

経過中に心療内科で認知面低下を指摘され、〇〇病院を紹介された。そこで「アルツハイマー型認知症+パーキンソン病」と診断されてアリセプト5mgとマドパー1錠x2が処方された。この処方で何らかの改善があったのかどうかは不明であるが、そのまま心療内科で継続となっていた。

 

さらに経過中に、消化器内科クリニックで心不全を指摘された。そして、循環器科のある病院に入院となった。

 

80代後半の女性 アルツハイマー型認知症+パーキンソン病?

 

こういったケースのご多分に漏れず、入院中に認知面が低下してしまい「退院後の一人暮らしは無理でしょう」と言われた家族は慌てた。入居できる施設など、そうすぐには見つからない。

 

この方にはお子さんが複数人いたが、皆さん遠方であった。

 

退院後の母親の生活を支えるため、交代で帰省してはしばらく一緒に住み、また別の兄姉と交代するという変則的な遠方介護が続いた。

 

インターネット検索で当院に辿り着いた娘さんに伴われて来院されたその方に感じた初見の印象は、"枯れてしまった高齢者"であった。

 

初診時の所見は以下。

 

  • HDSRは8/30
  • 遅延再生は1/6
  • 透視立方体模写と時計描画テストは不可
  • 両側上肢で筋固縮は著明、ただし鉛管様
  • 血圧74/41
  • 脈拍55/分
  • 頭部CTは皮質円蓋部萎縮のみ

 

内服中の薬剤は以下。

 

  1. サロベール(100)1T1X朝食後
  2. フロセミド(20)1T1X朝食後
  3. アーチスト(2.5)0.5T1X朝食後
  4. レニベース(5)0.5T1X朝食後
  5. アルダクトンA(25)2T1X朝食後
  6. ガスターD(20)1T1X夕食後
  7. ワーファリン(1)1T1X夕食後
  8. ネオドパゾール 2T2X朝夕食後
  9. アリセプト(5)1T1X朝食後
  10. 抑肝散 1P1X就寝前
  11. エバミール(1)1T1X就寝前

 

採血も行ったが、BUN/Crが45/2.2と腎機能がかなり低下していた。ご家族に聞くと入院時の数値は正常値だったが、心不全の治療中にどんどん悪化していったらしい。

 

Naは131で、Kは6.5。

 

採血でTP(総タンパク)は5.9と低値で、当然Alb(アルブミン)低値も予想されたのだが、膠質浸透圧低下に対処せずにフロセミドで水を引きすぎた結果、血管内脱水を起こして腎前性腎不全をきたしている可能性を考えた。

 

退院前の病状説明の際に、担当の循環器専門医からは「腎臓をよくする薬はない。心不全はよくなっているので、このまま様子をみる」と言われたそうだ。

 

血圧は74/41、心拍数は55/分。

 

この血圧だと、腎血流低下や脳血流低下をきたす可能性がある。

 

そして心拍数55/分からは、アリセプトによる徐脈の可能性をほんのりと感じた。

 

当院での治療経過

 

アリセプトによるQT延長やブロック、徐脈などは有名な副作用であるが、頻度は稀とされている*1

 

しかし、自覚されない副作用であれば見逃されてしまうことはあるだろうし、ましてや、アリセプトを飲むのは認知症患者さんである。不調を感じても、それがどのような不調なのかを表現出来なくてもおかしくはない。

 

軽微なものを含めれば、実際にはメーカー報告以上の頻度で副作用は起きていると思われる。

 

 

www.ninchi-shou.com

 

アリセプトが入ったままの心不全治療は捗らないことを勤務医時代に複数回経験していたので、まずは5mgから3mgにアリセプトを減らした。中止でもよかったのだが、急激な認知面低下をきたすリスクを一応勘案して減量とした。

 

以下、上記薬剤に対して自分が行った対応を列記する。赤文字は減量ないしは中止にした薬剤。

 

  1. サロベール→終了。当院採血における尿酸値は5.1と基準内。腎機能悪化時に慌てて入れた感のある薬剤、と感じた。
  2. フロセミド→20mgから10mgに減量。自分の中では急性期利尿薬。漫然投与で深刻な脱水とビタミンミネラル欠乏をきたすことがある。
  3. アーチスト→維持。心不全治療ではキードラッグの一つ。
  4. レニベース→ACE阻害薬という降圧薬だが、低血圧及び高カリウムをきたしていることを考慮して中止。
  5. アルダクトンA→50mgから25mgに減量。脱水及び高カリウムを考慮して。
  6. ガスターD→GERD含め自覚的な消化器症状がないため中止。漫然投与で認知面低下のリスクがある薬。
  7. ワーファリン→継続。心電図で慢性心房細動を認めたため。
  8. アリセプト→5mgから3mgに減量。
  9. ネオドパゾール→ドパコールL50mgx2に減量。パーキンソン症状に乏しく、またLドーパは利尿剤や降圧薬と基本的には併用注意の薬剤であるため。
  10. 抑肝散→虚弱なイメージを重視して抑肝散加陳皮半夏に変更し、用法は就寝前から夕食後に変更。
  11. エバミール→中止。頓用でリスミー1mg処方。

 

追加した薬剤は以下。

 

  • プレタール25mgx2→頭部CTで陳旧性梗塞痕が見つかったため。心不全を考慮して少量で開始。
  • ウリトスOD1mg→夜間頻尿による不眠を考慮して。
  • アーガメイトゼリー1個→カリウム6.5を考慮して。幸いQT短縮やwide QRSはきたしていなかった。

 

そして、1ヶ月後。

 

降圧薬や利尿剤の減量中止により、血圧は119/58まで上昇。

 

心拍数は74/分。アリセプト減量により回復した可能性を考えた。

 

BUN/Crは45.2/2.07から12.6/0.87と腎機能は正常化。やはり血管内脱水による腎前性腎不全だったのだろう。

 

明らかに活気は上昇し、出された食事は全て完食するようになった。夜はしっかり休めており、頓用のリスミーを使うことはなかったとのこと。

 

前回受診後にグループホームに入居となったのだが、「聞いていた入居前の状況と違ってかなりお元気なのでビックリしています」という情報提供書を頂いた。

 

あまりの改善ぶりに驚いたご家族は、諦めていた独居を再開させることも考えているらしい。 

 

カリウムは3.5まで下がったので、アーガメイトゼリーは中止*2。アリセプトは3mg→1.5mgと更に減量し、ドパコールも100mg→50mgに減量した。夜間頻尿に変化はないが、自分でちゃんとトイレに行くとのことなのでウリトスは終了とした。

 

血管内脱水が補正された結果、マスクされていた大球性貧血*3が明らかになったので、次回以降でメチコバールとフォリアミンの追加を検討することにした。

 

このような確認と調整を行い、2回目の外来を終えた。  

 

その後、初診から4ヶ月後に行ったHDS-Rは22/30と、初診時の8/30と比較して大幅に改善していた。

 

遅延再生は1/6と相変わらず低いので、アリセプトは1.5mg/dayのままで維持している。抗パ剤は結局中止にしたが、特に問題は認めていない。

 

専門医は、自分の専門領域が最優先

 

ご家族が当院への引っ越しに当たって、前医(消化器内科医)に報告に行ったらしい。

 

すると、

 

「心臓は、ちゃんと専門の先生に診て貰った方がいいと思うけどねぇ」

 

と言われた。

 

また、アリセプトを処方していた心療内科医からは、

 

「僕は認知症は専門ではないけれど、専門医の処方を預かって継続することは出来るよ」

 

と言われたらしい。

 

彼らは「専門医は、各々の専門領域で棲み分けるべき」という考え方を大事にしているのかもしれないが、棲み分けた結果の今回のイベントをどのように考えているのだろうか。

 

降圧薬や利尿剤、抗不整脈薬などの循環系薬剤は、循環器医の専売特許薬剤ではない。勿論、抗認知症薬や向精神薬も精神科医の専売特許ではない。

 

ほぼ全ての薬は諸刃の剣であるという当たり前のことを忘れずにいれば、専門外でも比較的安全に診療できる領域は多くあり、他科を受診せずに解決出来ることが増えれば、それは患者さん達にとって有益となる。

 

1人の患者さんに複数の専門医が関わるとき、「ヒトとしての全体のバランスを、誰が、どうとるのか?」といったことが、専門医の間で協議されることはまずない。

 

専門医とは得てして、自分の専門領域にしか興味がないのかもしれない。

 

今回紹介した方は、内科領域を消化器内科医が担当し、認知面低下を心療内科医が担当していた。

 

心不全で全身状態が悪化して循環器医が担当することになり、心不全は改善したものの腎不全となり、認知面が更に低下した。

 

専門医が3人関わった結果、心不全で入院する前よりも遙かに"生活の質"は低下してしまった。

 

これは、「しょうがない。運が悪かった」とすべき事例だろうか?

 

そうは思わない自分は、ここに「足し算医療」の限界をみる。

 

勤務医時代から高齢者を診ることが多かったせいか、心疾患に関わる頻度が高かった。特に高齢者の心不全に関しては、循環器医に相談しながら勉強しているうちに自然と自分で診るようになっていった。

 

脳外科医としては、脳を最優先してボリューム(水分)を入れたいところだが、入れすぎると心臓がへたってしまうかもしれない(心不全)。しかし、心臓を最優先して水を引きすぎると、脳梗塞のリスクが上昇してしまう。

 

このジレンマのなかでバランスをとりつづけることに腐心してきたせいか、「一人の高齢者を、専門分野ごとに分担して診る」という発想が、自分には希薄である。これは何も病診・診診連携に限らず、他職種との連携においても同じ発想で臨んでいる。

 

患者さんにとって必要と感じたら誰かと連携するし、必要と感じなければしない。提案を受けたら検討はするが、少なくとも最初から連携ありきとは考えていない。

 

自分にとって「連携」とは、目的ではなくただの手段である。手段と目的の混同だけは、しないように気をつけている。

 

高齢者を長期的に、そして安全に診ていくにあたって必要なのは、引き算の発想と多方面をカバーする知識、そして「自分がこの人の今後を支えるんだ」という覚悟だと思う。

 


How do we collaborate? = ¿Como podemos collaborar? #Roofdog #oaweek #OpenAccess flickr photo by planeta shared under a Creative Commons (BY) license

 

*1:最近、アリセプト添付文書の「その他の副作用」に、上室性期外収縮と心室性期外収縮が追加された。循環器のDr達は、アリセプトの添付文書を把握しているだろうか?

*2:1個/dayの処方がミソ。利尿剤過多で起きている低張性脱水は、利尿剤の減量中止で改善に向かうことが多く、そうすれば高カリウムも自然と是正される。慌ててアーガメイトゼリー3個/dayを処方すると、今度は低カリウムで慌てることになる。高カリウムによる心電図変化がでていないか、ちゃんと把握しておくことが大事。

*3:利尿剤のデメリットの一つが、ビタミンミネラルの喪失である。この方の大球性貧血は、医原性の可能性がある。