鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

スマートフォンアプリ「こえとら」を用いた、認知症患者さんとのコミュニケーション。

 認知症患者さん、特に語義失語(相手の言っている言葉が分からない)のある患者さんとのコミュニケーションには難渋することが多い。

 

今回は、あるご家族の工夫を紹介してみる。

70代男性 前頭側頭葉変性症(意味性認知症)

 

初診時

 

(既往歴)

 

特記事項無し

 

(現病歴)

2年ほど前から様子がおかしかったようだが、最近「オレは死ぬ、生きてはいけない」と悲観的な発言が増え、練炭を準備したり妻の寝室にビニールひもを持って入り心中を持ちかけたりなどするようになった。

 

疎通がうまく図れないので、難聴を疑い耳鼻科を受診するが「精神的なものでは?」と言われた。


その後、認知症で有名なある病院でMRIを施行されるも、「軽い石灰化のみで問題ないでしょう」と、特に治療の必要性は言われなかった。

 

日中は活動性はあるが、「夜間に何かしでかすのでは」、と家族は心配している。娘さんがDV相談ということで保健所に相談したところ、当院を勧められたとのことで受診。

 

(診察所見)
HDS-R:施行せず
遅延再生:ー
立方体模写:施行せず
時計描画:施行せず
IADL:5
改訂クリクトン尺度:3
Zarit:24
GDS:11
保続:?発言は常同的
取り繕い:あり
病識:ありあり
迷子:なし
レビースコア:施行せず
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:施行せず
FTLDセット:語義失語明瞭
頭部CT所見:左側有意萎縮
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:あり?
傾眠:なし

(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:◎
その他:

(考察)

 

語義失語は明瞭で話は常同的。萎縮の左右差と併せて意味性認知症(SD)かな。CTは撮れたが非常に不安が強そうであったので、長谷川式テストや時計描画テストは省略。

 

本人は診察中に「家族に迷惑を掛けたくない」と涙をこぼす。
娘さんは母親を心配している。「父親は仕方がないと思っているが、母親は何とか守りたい」と話す。他害に対する危機感が相当強いようであったので、精神科入院治療という方針も話してみたが、外来通院による治療を希望。

 

ウインタミン10mgとレミニール4mgで介入開始。
可能であればフェルガード100M併用で。

 

2週間後

 

  • 自覚的には、不安で胸がドキドキする回数が減った
  • 他覚的には、夜間の不気味さは続いていると

 

ウインタミン10mgからコントミン25mgに増量、フェルガード100M併用で2週間後に。

 

その翌日

 

「昨晩コントミンを飲んだ後に手が震えた!」と来院。
今朝も内服しているが、今のところ震えはないと。

 

熱が39.3度と高値。

 

  • 総ビリルビン: 2.0mg/dl
  • AST(GOT): 776IU/l
  • ALT(GPT): 296IU/l
  • γ-GTP: 159IU/l
  • WBC9000
  • CRP1.4

 

飲酒はかなりの量らしいが、コントミンによる急性肝障害であろう。
奥さんに説明し、この週末は中止にして貰う。

 

その3日後

 

  • 顔色良好
  • 以前は黒色便が出ていた、心窩部痛があった
  • 今はない、マグラックスで便通は良くなったかな?
  • 陽性症状悪化はなさそう
  • 解熱されている

 

次回は採血を。

 

9日後

 

  • 車を買って仕事をしたい
  • 妻を殺して自分も死ぬ
  • 時に胸がどきどきする
  • 便秘がち

 

診察室で娘さんは泣き出す。妻は手が震えている。両者のストレスは相当である。


肝機能チェック。レミニールは8mgに増量してセロクエルを開始。パワーリハを勧めてみる。

 

2週間後

 

  • 水様便に対してマグラックス調整
  • 易怒性は減退しているようだ
  • 日記に妻への恨み辛みを書いている
  • 会話はほぼ成り立たず
  • 右肋間神経痛?→続けばリリカかな
  • 右後頭部皮疹膨隆疹、掻痒感→ひとまず保湿剤

 

家族の気持ちは少し落ち着いてきたのか。
肝機能は下記のようにはほぼ正常化。

 

  • 総ビリルビン: 0.9mg/dl
  • AST(GOT): 25IU/l
  • ALT(GPT): 42IU/l
  • γ-GTP: 122IU/l

 

2週間後

 

少し落ち着いたかな?
補聴器はしない方がまだ相手の言うことが分かりやすいと。


ご家族の対応力上昇、これは奥さんや娘さんも自覚している。


まだ水様便気味、マグラックス250mgに減量。
運転卒業はいずれ。

 

2週間後

 

食事の際にのどのつかえを感じる→半夏厚朴湯
排泄は落ち着いている→Mg継続

ご家族は相当落ち着いてきたようだ。
今回から1ヶ月間隔に。

 

1ヶ月後

 

悪夢をみる→リボトリールで対応
妻へのあたりの強さ→朝のクエチアピン増量
排泄の訴えはまずまず落ち着いた
半夏厚朴湯は一旦終了

 

1ヶ月後

 

薬に対する警戒心が強い。「今日は薬は変えないでね、そのまま出してね」と連呼。
車の接触事故を起こしたらしいが、そのことを聞くと妻に向かって激高。家族は一斉に表情が硬くなる。

 

今回は処方維持。次回でレミニール減量、クエチアピンを少し増量にする?

 

(看護師記載)

診察後、娘さんに連絡ノートをお渡しする。
「事故の話をしたときに、怒り出したのは免許を取り上げられるので
はないかと勘違いしたのだと思います。車に対しての執着は凄いから。いつも家族に怒るときはあんなもんじゃない。今日はまだいいほうです。診察室でを先生に怒った様子を見せることが出来たので逆に良かった」と。話す娘さんの表情暗い。


連絡ノートの使用方法も一緒にお話した。

 

初診から5ヶ月後

 

今回は調子よさそう。排便も良好でいつの間にか胸のつかえ感もなくなったと。


娘さんが文字興しアプリを使いながら、本人の横でこちらの説明を言語化している。

 

これがかなり効いている印象。いつもSDの影響で相手の言うことが分からず「悪口を言われているのでは?」と疑っている様子だったので。

今回はレミニール減量、2mgx2。先々のクエチアピン増量に備えよう。

 

(医療事務記載)

娘さんより、連絡ノートは少し見合わせたいと。娘さんも奥様もノートを本人に見られるのが怖い、書くことは悪口しかないので・・と。しばらくは今まで通り娘さんが手紙で書いてきますとの事でした。(受付〇〇)

 

(引用終了)

 

意味性認知症の頭部CT

 

カルテには自由に記載する。みんなで工夫をしあう。

 

当院は電子カルテを使用している。スタッフそれぞれにIDが振られているので、みな自由に書ける。

 

いわゆる「SOAP式」の記載にはこだわっていないが、

 

  • 初診がいつか、その際の評価(HDSRなど)がどうだったか
  • 既往歴、薬の経歴や禁忌事項など
  • 食欲、排泄、睡眠はどうか
  • 介護サービスの利用状況、家族疲弊具合
  • 本人の好きなこと、お気に入りの話題

 

このようなことを主に意識して書いている。電話で様々な問い合わせを受けたスタッフが、その都度聞いたことや自分が話したことも書きこんで、みなで情報共有できるようにしている。例えば、

 

  • ご家族より電話。ご本人が嘔吐下痢で体調不良につき、次回受診はキャンセルし、改めて予約の電話を入れますとのこと(受付〇〇)
  • 娘さんより電話あり。イクセロンパッチ半分カットの指示が、施設で実際されていないとのこと。「かかりつけ医の情報提供書に半分カットの2.25mgで使用して下さい」と書いてあるので、そのように実施して下さい、とお伝えした。(受付〇〇)

 

などなど。勿論その都度スタッフは口頭で報告はしてくれるが、それを自分が全て頭の中に保存しておくことが無理なので、このような運営をしている。

 

また、次回受診時に、「嘔吐下痢はもう大丈夫ですか?」という声掛けに繋がるし、それが「受付の方に言ったことが、ちゃんと先生まで伝わっている」という安心感に繋がってくれたら、と期待してもいる。 

 

アプリで意味性認知症の方とコミュニケーション

 

今回、診察時に娘さんが以下のアプリを使いながら、父親(患者さん)とコミュニケーションを取っていたのが目に留まった。そして、患者さんの様子がいつもの診察時と大分違っていたことにも気づいた。 

 

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こえとら

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NICT こえとらアプリサポートページ

 

認知症患者さん、特に意味性認知症(SD)の方を診察する際に、こちらが家族と話している時に、不安そうにこちらを見つめる方が多いのは以前から気になっていた。

 

医者と家族のやり取りの内容が理解できないため(語義失語があるから)、「自分の悪口(不利なこと)を言っているのではないか?」と思ってしまうようだ。

 

それを回避するために、本人の前では話せないことを書いて貰うための連絡ノートを準備している。しかし、この方のご家族は

 

  娘さんより、連絡ノートは少し見合わせたいと。娘さんも奥様もノートを本人に見られるのが怖い、書くことは悪口しかないので・・と。しばらくは今まで通り娘さんが手紙で書いてきますとの事でした。(受付〇〇)

 

このような理由で、連絡ノートは使用されなかった。

 

そして、父親とコミュニケーションを図るために娘さんが考えたのが、「アプリを使ったやり取り」である。

 

主に奥さんが当方と話をし、娘さんはご本人の横で母親と医者の話の内容をアプリを使って父親に伝える。話の内容によって、適宜娘さんは伝えたり伝えなかったりを調整できる。

 

いつもの不安そうな表情ではなく、笑顔で頷く様子から「聞こえない、又は相手の言っている意味が分からないことの不安さ」がどれほど大変なことかが窺われた。

 

また一つ、ご家族から勉強させてもらった。

 

ちなみに、この種のアプリは介護されているご家族に限らず、介護施設などでも活用出来ると思う。