鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

じりじりと経過していく時間。

 

頭部打撲を切っ掛けにお付き合いが始まった87歳独居の女性。初診時数分のやり取りで、認知機能低下をきたしていることはすぐに分かった。

 

既にかかりつけ医があり、かつ残薬が家に溢れているという状況だったため、当院が濃厚に介入することで混乱を招くことを恐れて、不意の来院の度に少しずつニーズに応える形で関わりを続けてきた。

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顔面神経麻痺について。

 

年配の患者さん達が「私は昔、顔面神経痛をやったことがあってね~」と外来で言うことがあるのだが、顔面神経痛という病名(医学用語)は存在しない。

 

患者さん達の言う顔面神経痛とは、恐らく顔面神経麻痺のことを指していると思われる。

 

その証拠に、「顔面神経痛を~」という患者さん達は顔面の動きの左右差を認めることが多い。これは、麻痺が後遺症として遺っているということだ。

 

顔の左右差がなければ「顔が痛かったのなら、三叉神経痛だったのかな?」と考えたくなるが、三叉神経痛が自然軽快することはあまりない。なので、患者さん達の言う顔面神経痛とは、顔面神経麻痺のことなのだと思っている。

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【症例報告】待ってくれている人がいるから。

 

MTさんの奥さんは、突如出現した夫の猛烈な嫉妬妄想と幻視に苛まれていた。

 

自分のクリニック以外の所であれこれとコトが動いていたので、正直あまり深く関わったわけではない。ただし、数回の介入がその都度奥さんを少しずつ救ったという点では、効率的介入だったとは言えるかもしれない。

 

先日の診察を終えた後、当院スタッフがぽつりと

 

「週に何人か、MTさんみたいな人が来てくれるから私たち頑張れますよね」と言っていたのが印象的だった。

 

上手くいくケースばかりではないが、心が折れそうな家族を前に、こちらが心を折っている暇はない。「認知症と戦う必要はない」という、一種の"諦めの強要"に繋がりかねない言葉を吐いている暇もない。

 

医療介護関係者から諦めを強要され、「どうせ治らないですもんね・・・」と心が折れた家族を少なからず見てきた。

 

介護が終わる日はいずれ来るが、家族の人生はその後も続く。家族のその後の人生のことまで考えると、やはり我々は諦めを強要することなく、何某かの工夫を提案し続けなくてはと思う。

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終わりに向かって歩む父。

 

心不全で入院していた父が先日、リハビリのため転院になった。

 

医療上必要な転院というよりも、我々家族が「逃がした」という表現の方が適切かもしれない。

 

入院前は中等度介助で歩行していた父が、3週間の入院で寝たきりになり、食事も摂れなくなってしまった。

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