鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

「なにかあったらいけないから」CTは積極的に撮影すべき?

「なにかあったらいけないから、早めに病院を受診しましょう」

 

「なにか」を否定したいのが本人ではない場合、「病院へ〜」の促しは慎重にしたいものである。

3歳の女の子の頭部打撲

 

ある日の午前中、3歳の女の子がお母さんと一緒に外来を受診した。

 

お母さん曰く、

 

「昨日、幼稚園のお昼休み時間に、お友達同士あたまをぶつけたようです。お互いすぐに泣いて、その後はいつもどおり遊んでいたようです。夕食は普通に食べて寝たのですが、夜中に咳き込んで、その後吐いてしまいました。」

「今朝の様子は普段と変わらなかったので、幼稚園に連れて行きました。念のために昨晩のことを先生に伝えたら、『何かあったらいけないから、病院に連れて行って下さい』と言われたので、連れてきました。」

 

とのこと。

 

診察室では少しモジモジしているぐらいで、頭痛や吐き気、手足の動きにおかしな点はなかった。

 

お母さんに、「様子観察でいいと思いますよ。どうしてもお母さんがご心配でしたら、念のために頭のCTを撮ってもいいと思います。ただし、CTによる放射線被曝のことを考えると、積極的にオススメはしません。いかがしますか?」と聞くと、

 

「そうですね。様子をみたいと思います。」

 

と仰ったので、診察は終了とした。帰り際に女の子は、

 

「ありがとーございました♪」

 

と、可愛らしくお辞儀をしてくれた。

 

「なにかあったらいけないので、検査をしてもらってください。」

 

ところが、診察したその日の夕方にお母さんから病院に電話があった。

 

「午前中の病院受診のあとに、幼稚園に連れて行きました。先ほど幼稚園の先生から、『今日はお昼ご飯を食べず、あまり元気がなかったようでした。やはり何かあったらいけないので、明日もう一度病院を受診して頭の検査をしてもらってください。』」と言われましたので、明日お伺いします。

 

とのことであった。

 

翌朝に受診した女の子の様子は、前日と変わりなく元気であった。

 

昨日は幼稚園から帰宅後に微熱があったらしいので、日中の活気がなかったのはそのせいかと思われた。

 

お母さんに、ふたたび前日の説明を繰り返したところ、納得されてご帰宅となった。

 

このようなことは日常茶飯事なのだが、気になるのは先生達の「何かあったらいけないから」という言い方。

 

お母さん達は、「息子さんが転んで頭をぶつけて~」とか「お嬢さんが熱があって~」など、幼稚園や学校から連絡を受け、「何かあったらいけないから」と言われて子供を病院に連れてくる。 

 

勿論多くのお母さん達は「大丈夫ですかね?」と心配顔なのだが、なかには「これぐらい様子をみていて欲しいのに・・・こっちは忙しいのだから・・・」と困り顔のお母さん達もいる。

 

その困惑をストレートにこちらにぶつけられることもあり、そのような場合、別にお願いして来てもらっている訳ではない我々としても困惑してしまう。

 

熱発については、その原因によっては感染対策が必要になることがあるため、幼稚園保育園や学校側の「何かあったらいけないから」はまだ分かる。しかし、頭部打撲に対して「頭の検査をしてもらってください」と簡単に言ってはいけないと思う。

 

それは、CTという検査が放射線被爆を伴うからである。*1

 

親としては、「自分は大丈夫だと思うけれど、学校側がそこまで言うなら検査をしないといけないのかもしれない」と思ってしまうものである。

 

「何かあったらいけないから」という言い方で、頭部CTという放射線被曝を伴う検査を子供に受けさせるよう親に勧める*2のは、自分にはどうも納得がいかない。

 

何故かと言えば、それが「管理側が安心するための、子供への被爆の強要」と感じられるからである。

 

「念のために検査して何もなくてよかったね~」で管理側はホッとするかもしれないが、子供はその時「被爆」しているのである。

 

「医療のことが分からない素人に、そこまで言われても・・・」と、管理側(先生達)は思われるかもしれない。

 

しかし、「やっぱり心配なので、もう一度病院を受診して下さい」ではなく、「頭の検査を受けて下さい」とまで言うのであれば、頭の検査がどういうものなのかについて知っておく必要があるのではないだろうか?

 

念のために付け加えておくが、これは個人レベルでということではなく、職場単位で知っておく必要があるという意味である。

 

小児の頭部打撲時における頭部CTの適応について

 

頭部打撲で受診するお子さん達に対して、当院でCTを施行する割合は恐らく2割未満である。

 

頭部CTを検討する際に、自分が重視しているのは以下の要件である。*3

 

  1. 頭部打撲直後に、意識消失があった。もしくは呼びかけに返事がなかった。
  2. 打撲後から、頭痛や吐き気、嘔吐が続いている。
  3. 打撲部位を触知して、骨折が疑われる。
  4. 親からみて、どうも普段と様子が違う。

 

このような場合には、こちらから積極的に「CTで確認しましょう」と勧めている。

 

また、親御さんの心配を考慮*4して撮影することもある。

 

上記4点を吟味して、また親御さんの心配を考慮しての撮影を合わせても、2割未満のCT施行率である。

 

このルールは勤務医時代から続けており、その対象となった小児の頭部打撲症例は軽く千例を超えていると思うが、後になって「あの時CTを撮っておけば良かった・・・」ということは、自分が確認出来た限りでは一例もない。

 

今回は小児の例をあげたが、このルールは大人にも適用している。ただし、大人の場合は「本人が念のために希望して」撮影が行われることが多い。 

 

CTは被爆検査である。

*1:勿論、一回のCT撮影による被爆で重大な何かが発生するということはない。ただし、根拠の薄い「何かあったらいけないので」という理由で頻繁に撮影されるようなことがあれば、許容量を超えた被爆に繋がりかねない。

*2:頭の検査で一般にイメージされるのは、レントゲン、CT、MRIであろう。レントゲンでは骨情報しかわからず、脳情報がわかるMRIは子供が約30分という検査時間に耐えられない。従って、殆どは骨情報と脳情報の両方が短時間で分かる頭部CTが行われていると思う。

*3:何かガイドラインでもあるのかと一応調べてみたら、Lancet 2009;374:1160-70の内容に多く合致していた。

*4:このお子さんは結局、後日親御さんの希望で頭部CTを施行した。その際の訴えは「明け方の頭痛と嘔吐」。脳腫瘍をrule outするためCTを施行したが問題はなくホッとした。