最初にその患者さんに同伴したのは、施設スタッフと訪問看護師であった。次の診察では娘さんだけで、スタッフ同伴はなかった。
90代女性 年齢相応かな
(既往歴)
高血圧症 脳梗塞
(現病歴)
ケアハウス入居中。
昨年仲の良かった入居者が亡くなってから他者との折り合いが悪くなった、とのことで認知症が疑われて専門医に紹介。
アルツハイマー型認知症の診断でイクセロンパッチが開始され、9mgで維持されていたが特に改善はなく、頑なさが徐々に増して集団生活が困難になりつつあるとのことで、かかりつけ医から紹介。
知的なご婦人らしいが相当神経質なようだ。
(診察所見)
HDS-R:19
遅延再生:4
立方体模写:OK
時計描画:OK
改訂クリクトン尺度:21
GDS:7
保続:なし
取り繕い:なし
病識:なし
迷子:なし
レビースコア:
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:ー
FTLDセット:ー
頭部CT所見:陳旧性梗塞痕
介護保険:要介護1
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:被害妄想
傾眠:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:
(考察)
認知症の要素がないとは言わないが、年齢の影響が大きいだろうと同伴スタッフには説明。少しでも安全に認知面対策を、ということでバイアスピリンからプレタール50mgへ抗血小板剤は変更。朝に抑肝散2.5g。昼以降は比較的落ちついているとのこと。
これでダメならグラマリール12.5〜25mgかな。リバスタッチは半分カットの4.5mgを提案。
落ち着いたら紹介元に。
(引用終了)
確証バイアスに阻まれ、話が先に進まない
そして、2回目の受診(約1週間後)には娘さんと一緒に来院された。
残念ながらスタッフが報告書を娘さんに持たせてくれることはなかったため、施設での詳しい状況は分からなかった。自分が見た印象では、初診時と特に変わりはなさそうであった。
娘さんと話をしていて感じたのだが、どうも初診時に自分が施設スタッフにした
「アルツハイマー型認知症の要素が無いわけではないと思うが、90歳を超えているにもかかわらず30点満点のテストで19点もとれており、また図形もしっかり描けている。
ご年齢を考えると、病気と考えるよりは年齢の影響を重要視して、薬で無理しすぎることのないようにした方がいいと思いますよ。」
という説明がお気に召さなかった*1のか、娘さんはやや強い口調で次のように話した。
「母の海馬がもの凄く萎縮しているMRI画像を、私は専門医の先生に説明を受けてしっかり確認しました。そして、今までは言わなかったようなことを言うようになった母は、以前とは明らかに違います。これは、確実にアルツハイマーですよね!?」
「ああ・・・」と自分は考えた。
「この方は多分、確証バイアスに嵌まっているのだろうな・・」
何を重要視して治療すべきか?
確証バイアスが、その人への支援を妨げているように感じることがある。
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自分にとって重要なのは、『90代の女性がアルツハイマー型認知症かどうか』よりも、『集団生活をトラブル少なく送るためにどのような工夫ができるか』である。
その上で、前医が処方していたイクセロンパッチは少し多いように感じた*2ので、9mgから4.5mgに減量した。また、易怒性対策として抑肝散を朝に2.5mgという処方を行った。
しかし、娘さんにとっては、アルツハイマーの診断が何よりも重要だったから、添付文書に則ったイクセロンパッチの処方量を減らされたことに腹を立てたのかもしれない。言葉の端々からは、減薬に対する不満がヒシヒシと感じ取れた。
それとも、「病気」だからしょうが無いと割り切っていたところに、年齢の影響かもしれないという不確定要素を持ち込まれて混乱したのかもしれない。
自分「イクセロンパッチを減らして、症状の悪化がありましたか?」
家族「いや、変わりはないみたいです。」
自分「では、4.5mgでいいのでは?薬は少ないに越したことはない、というのが僕の考えなのですが。」
家族「・・・」
減薬に不満を持つのは、「十分な量の薬を使って、認知症の進行を遅らせることが最も大事」という考えが、半ば信仰のようになってしまったからではないだろうか。
初診時にこの娘さんは来られなかったことを思い出し、改めて当方の診断の根拠と処方の方針を説明したが、話はかみ合わないまま平行線に終わった。
結局は、あと数回当方で行おうと考えていた処方の工夫について紹介元に情報提供を行い、先方で治療継続してもらうことにして終診とした。
医者としての未熟さを思う
確証バイアスを持つ方に対して、十分に説明をして納得して貰うために時間を割き続ける余裕は、残念ながらそう多くは持ち合わせていない。一人だけではなく多数の患者さんを診なくてはならない医者にとって、これはある程度しょうがないことだと思っている。
しかし、それでもやはり苦い気持ちは残る。
「医者の自分の価値観を、家族に押しつけただけだったのでは?」
という気持ちである。
患者さんやご家族の全てを受け入れて支援していくことの難しさを、改めて考えさせられた。*3
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