認知症の奥さんを介護する、ある90歳の男性。
認知症が絡む事件で表沙汰になるのはごく一部であるが、一歩間違えれば・・・というケースは無数にある。そして、一歩間違えないように必死で奮闘している人達がいる。
90歳男性 恐らく認知症ではないだろうが・・・
(主訴)
去年末ごろより認知症の妻(要介護3)に暴力をふるうようになった。
本人は要介護1である。
既往症:認知症、陳旧性心筋梗塞、高血圧症、脂質異常症
ケアマネージャーと一緒に来院される。
機嫌はよいようだ。夜間はよく眠れ、食事もおいしく食べられているとの事。
(診察所見)
HDS-R:21
遅延再生:3
立方体模写:OK
時計描画:OK
IADL:2
改訂クリクトン尺度:22(ケアマネ記入)
Zarit:14(ケアマネ記入)
GDS:3
保続:なし
取り繕い:あり
病識:ありあり
迷子:なし
レビースコア:施行せず
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:施行せず
FTLDセット:ー
頭部CT所見:特記所見なし
介護保険:要介護1
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:ありだが・・
傾眠:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:
(考察)
認知症ではないだろう。ここ1ヶ月ほどは落ち着いて過ごせているようだ。
重度認知症の妻の介護で疲弊し、暴力を振るうようになった。主治医が抑肝散5gとリスパダール2mgを処方。効いてはいるようだが表情はdrowsy。
妻への暴力に関しては涙を流して悔いている。遠方に済む長男の助力が得られず難しい状況。折を見てリスパダールは減量を試みるように返書作成。
一度は奥さんも診察させて貰えれば。
(引用終了)
自分がひどいことをしているのは分かっている。それでも頭にくると手が出てしまう
「奥さんの介護でお疲れでしょうね」という問いかけに対して、上記の様に答えて涙を流された。向精神薬が効いているトロンとした表情をみると、こちらも切なくなってくる。認知症とは言えない(と自分は診た)この方だが、それでも向精神薬を飲む必要がある、という悲しい現実。
何故向精神薬を飲む必要があるのか?
それは、飲まなければ奥さんを殺してしまうかもしれないから。
認知症の妻を一生懸命介護してきた結果、疲弊してしまったこの方を何とか救おうと連れてきたケアマネさんの情報提供書からは、事態の深刻さがヒシヒシと伝わってくる。この場合の深刻さとは
今日明日にでも、何かのはずみで認知症の奥さんが殺されてしまうかもしれない
という意味である。
数ヶ月間の時系列を綴ったケアマネさんの情報提供書を読む限り、既に介護で出来るアプローチはやり尽くされている観があった。
逐一遠方の息子さん(一人息子)に連絡をとり、息子さんの想いを汲みつつも状況が深刻であることも伝えねばならない。息子さんに両親を援助できるほどの金銭的余裕はなく、かといって自分の家庭もあるので両親のために地元に戻ってくることは出来ない。

ケアマネさんはあらゆる提案を行うが、息子さんは金銭的余裕の無いことを理由に通所リハビリや施設入所に対しては拒否傾向である。
地域包括支援センターからは、「ちゃんと家族とコミュニケーションをとらないと!」と詰られる。それでも何とか状況を打開しようとするケアマネさんが世の中にはいる。地域は、こういう方達が支えているのである。
ケアマネさんを軸としたサポート体制の構築
自分に何が出来るだろうと考える。
この90歳の方にとって、事実上のキーパーソン(キーマン)とはケアマネさんである。息子さんではない。このケアマネさんをサポートすることが、ご本人のサポートに繋がると考える。
幸い、当院を受診するまでの約1ヶ月はリスパダール2mgのおかげで相当落ち着いていた。危機感を持ったケアマネさんが当院に連絡をとってきたのは、リスパダールが効き出す直前だったようだ。
特に自分が処方を行う必然性は感じなかったので、今後どのようなタイミングでリスパダールを減量していくべきかについて、紹介元に情報提供を行った。
あとは、可能であれば認知症の奥さんを一度診させて欲しい、とケアマネさんにお願いした。もし奥さんの陽性症状に対してご主人が腹を立てているのであれば、処方内容を再検討して何らかのアドバイスが出来るかもしれない。
奥さんの遂行能力低下に対してご主人が腹を立てているのであれば、薬剤による改善は中々難しいかもしれない。それでも、「自分や自分の妻に親身になってくれる人が、周りにはいるもんだ」とご主人が思ってくれたら、それが何らかの形で精神の安定に繋がってくれるかもしれない。
濃密に関与する役割は、既にケアマネさんが担ってくれている。自分としては緩い関与で、しかしいつでもケアマネさんの相談に乗れるようにしておく。
親身になって利用者さんを担当し、なおかつマネージメント能力に長けたケアマネさん達と仕事をする機会が増えるにつれ、行政は認知症サポート医や認知症かかりつけ医を増やすことよりも、認知症ケアマネを増やすことが喫緊の課題でははないだろうか?と考えるようになった*1。
"デキる"ケアマネさんは、自ら動いて連携できる医師を探し出すのである。探し出された側は、期待に応えるべく頑張るのみである。
(後日談)
受診から2週間ほど経って、当院看護師がこのケアマネさんに様子を聞いてみたところ、「今のところ、とても落ち着いています」とのことであった。