鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

Youtubeに嵌まる中年男性を見て、同じく中年男性が感じたこと。

「Youtubeを見ていた夫が、急に顔色が悪くなり食事を摂らなくなったので診て欲しい」と、妻に連れられて50代男性が来院した。

 

僕の目の前に現れたのは、「デスラー総統か?」ってぐらいに顔色が悪い人だった。

 

 

デスラー

®宇宙戦艦ヤマト

 

「新型コロナウイルスで世界が破滅する」という動画を観て衝撃を受け、自分で色々と情報にあたっているうちに(≒レコメンドされてくる関連動画をただ観続けていただけ)、気が滅入り、眠れなくなってしまったらしい。

 

「気が滅入るほど観ちゃだめですよ。試しに1週間止めてみたらどうですか?」と諭し、どうしても眠れない時のために軽い睡眠薬を処方した。

 

1週間後、すっかり元気になったデスラーさんを見て僕はホッとした。幸い、睡眠薬の出番はなかったとのことだった。

 

「動画を連続で観続けるって怖いんですね・・・もう観ることはないと思います」

 

と恥ずかしそうに言って、デスラーさんは帰っていった。

 

ちなみに顔色は悪いままだった。

 

ある日、妻と娘に引っ立てられるように無職の60代男性が来院した。

 

ブスッとした表情の彼を尻目に、妻はこう語った。

 

「先生、夫がYoutubueに嵌まり、『トランプが勝つはずだったアメリカ大統領選がおかしなことになった!』と強い口調で家族の前で言うようになったんです。そんなことを言う人ではなかったのに。夫は認知症なんじゃないんですか?」

  

初老の男性がYoutubeを観ておかしなことを言いだしたら認知症が疑われるとは何とも世知辛いご時世だが、勿論この男性が認知症ということはなかった。

 

「アナタは間違っています。妻や娘に迷惑をかけてはいけません。」とでも叱って欲しそうな家族の視線をヒシヒシと感じながら、僕は「Youtubeは1日1時間ぐらいにしときましょうよ」と、子どもに言うように彼を諭した。

 

禁止と伝えなかったのは、彼の言っている内容はさておき、特にに趣味もない(らしい)彼のドパミンの貴重な発散先を奪うと、それこそ認知機能低下を起こさないか心配だったからだ。

 

診察(?)が終わり、帰り際に

 

「○○さんや○○さんの言説は、今の日本を救うためには大切だと思うんですけど、先生はどう思いますか?○○さんをご存じですか?私は自分で能動的に情報を集めた結果(≒レコメンドされてくる関連動画をただ見続けているだけ)、あのアメリカ大統領選は間違っているという結論に達したのですけれど」

 

と絡んできたので、僕は「今後の日本をよろしくお願いします」とだけ返事をしてお帰り頂いた。

 

その後、彼の姿は見ていない。何事かに回収されたのかもしれない。

 

「自分は能動的に選択している」と信じて疑わない人にとって、報酬系を利用した行動経済学やアルゴリズムの話など不粋であろうから僕はしない。そもそも、そんな時間の余裕もないし。

 

僕たちは、報酬系の舞台の上で運動や勉強、仕事に熱中し人生を謳歌している。

 

一方、ギャンブルに熱を上げ、覚醒剤やアルコールに手を出し身を持ち崩したり、他人のSNSに張り付いて誹謗中傷に精を出したりもする。

 

砂糖や人工甘味料、油、添加物でドパミンを刺激され延々とジャンクフードを食べ続けることも出来るし、レコメンド機能に操られ延々と動画を観続けることも出来る。

 

自由に生きているようでいて、気づかぬうちに不自由だったりするのが人生だ。*1

 

僕も立派な中年だが、願わくば、有意義に報酬系を刺激しながら、恐らくあと数十年は残っているであろう貴重な時間を大切に過ごしていけますように。

 

そして、デスラーさんの顔色が良くなりますように。

 

 

 

 

*1:ドパミンが前頭前野に投射されると、快と感じるばかりでなく不快と感じることがある。全く、人生はままならない。