今回は、数年前に経験したケースをご紹介。
70代男性 肺癌脳転移で全脳照射、ガンマナイフ術後
初診時
肺がん術後で予防的に25Gyの全脳照射。
その1年後、左頭頂葉の転移性脳腫瘍が発覚。ガンマナイフを照射し、腫瘍は退縮した。
ガンマナイフ照射から1年後、活気の低下を奥さんが気にして受診。穏やかに話す方である。
- スクリーニングテスト11/15点
- 遅延再生4点
- 図形模写2点
- 日時見当識やや低下
心配性。携帯電話の使い方があいまい。注意力散漫。パーキンソニズムは認めない。日中傾眠傾向、活気の低下などなど。
MRIでは確かに一年半の経過で脳が萎縮しており、全脳照射の影響が考えられる。
家族の治療希望は強く、イクセロンパッチ4.5mgとサアミオン10mg/dayで介入してみる。
2週間後
明らかな活気上昇と傾眠改善あり。
スムーズな口調で冗談も交えて話す。
いい具合にハスキーボイスになってきたから、歌手でも目指そうかな?
元々諧謔に富んだ方だったようだが、ここ最近はみられなくなっていた軽口が復活したようだ。
イクセロンパッチ4.5mgで継続。
初診から3ヶ月後
たまに貼り忘れがあるが、極めてお元気。声の力強さや姿勢、歩行スピードに明らかな改善を認める。
初診から7ヶ月後
MRIで腫瘍再発認めず。HDSRは25点。野菜語想起で失点。苦笑いしているが、調子は良いようだ。
当方の転勤につき、今回が最後。お元気で。
(引用終了)
放射線性脳障害とは?
脳に放射線が照射されると、急性脳浮腫や晩発性放射線性壊死、放射線性白質脳症などが起きる可能性がある。
急性脳浮腫
一回量が10Gy(線量の単位)を超えると起きる可能性あり。
晩発性放射線性壊死
総線量が60Gyを超えると、照射後1〜5年後に起こることがある。腫瘍再発との鑑別が困難であることが多い。
放射線性白質脳症
照射後半年から1年ほど経過してから、歩行障害や尿失禁、認知面低下を来してくることがある。
放射線照射による脳萎縮で、認知面が低下した場合の対応
この方の頭部画像は以下。
白質の高信号変化を認めなかったので、放射線性白質脳症ではなく、放射線照射後の脳萎縮なのかなと考えた。脳溝(脳のシワ、隙間)が目立って太くなっているのがお分かりだと思う。
癌は種類を問わず脳転移を来しうるが、中でも肺癌は脳転移を起こしやすいことで有名。医師国家試験の時に「ハイ、入院(肺癌、乳癌、胃癌の順で多い)」と覚えた記憶がある。
脳転移を来した肺癌患者の5年生存率は10%を切っている。つまり予後が悪い。なので、いかに脳転移を起こさせないかという治療が重要であり、それが予防的全脳照射である。
EBMの手法による肺癌診療ガイドライン2014年版
この方は予防的全脳照射を受けたにも関わらず脳転移を来した。幸い単発の転移巣であったので、ガンマナイフ照射で対応出来た。しかし、放射線照射後の脳萎縮や認知面低下の予防までは困難である。
この患者さんは、歩行スピードの改善を含め総合的な賦活が得られた印象であった。これは併用したサアミオンの効果だけとは考えにくく、イクセロンパッチが良い仕事をしてくれたのだろう、と考えている。
イクセロンパッチ(リバスチグミン)が全脳照射後の認知面低下に効果があった、というCase reportを捜してみたが当時(4年ほど前)は見当たらなかった。メマリーでは数例見かけた記憶はある。
放射線照射でニューロンが壊死する。代わりにグリア細胞が活性化し、その結果ブチリルコリンエステラーゼも賦活される。それをイクセロンパッチが阻害することでアセチルコリンが賦活され効果を示したのではないか、と考えている。*1
全脳照射後の認知面低下に対する治療ガイドラインなどない現状、イクセロンパッチ(リバスタッチ)は試してみる価値のある手法だと思う。