先日、一般向けの市民公開講座で講演を行った。タイトルは、
【栄養面から考える生活習慣病と認知症(バランスの良い食事とは?)】
後で主催者に聞いたところ450人以上の入場者だったらしい(会場のキャパシティは300人)。広告の力は偉大なり。
講演終了後のアンケートには、沢山の方達が意見や感想を寄せてくれた。その中のある1枚が目に留まったのでご紹介する。
ある医師から寄せられたアンケート内容
その前に、当日の講演内容は以下。
- 糖質60%、脂質25%、タンパク質15%の食事摂取に運動も含めた介入試験(久山町研究)の結果、糖尿病患者やアルツハイマー型認知症の患者が激増した。主食を中心としつつ低カロリー重視といった、これまでの常識は間違っているのでは?
- 糖質制限(コントロール)で、様々な病気のリスクを下げることが出来る。
- 血糖値の乱高下を起こさせないことが大切。その為には炭水化物は少なめ、タンパク質を多く摂取して、良質の脂質そしてビタミンミネラルをたっぷり摂るのがバランス良い食事である。
そして、頂いたアンケートで目に留まったものが以下。全文を挙げる。(下線部はママ)
日本糖尿病学会・協会の医師です(開業・内科)。
糖質の摂取は基本60%、医師の指導下55%、入院で肥満の人は50%と考えております。食品交換表の下、上記の指導を行っております。プチ制限ぐらいの指導にされては如何でしょうか。すみません。失礼とは存じますが。
☆CKD患者は1500万人。先生の患者様にも多いと思います。タンパクの摂取については、悩みながら行っています。摂取を多くとは、勧めておりません。
丁寧に書いて頂いてありがとうございました<(_ _)>
講演内容に対する返答というよりは、ご自身の信念(?)を述べられているようで、ある種の感慨を覚えた。
その感慨とは、
「いやぁ先生、自分も昔はそれでやっていたんですけどね・・」
というもの。
先生、ご自身で糖質制限されてみては如何ですか?
このアンケートに書かれていることが今の日本の糖尿病に対する食事のコンセンサスだとすれば(そうなのだろうが)、糖尿病やその合併症が増える一方なのも仕方がない。
糖尿病の患者数・予備群の数 国内の調査・統計 | 糖尿病ネットワーク
ちなみに自分は糖尿病専門医ではないが、およそこのアンケートに書かれている内容で以前は糖尿病診療を行っていた。管理栄養士に依頼して、食品交換表に基づくカロリー計算で栄養指導を行ってきた。
そしてその治療結果は、自分にとってはおよそ満足できるものではなかった。
薬を使ってカロリーも制限した結果、「HbA1cが下がったね~」と喜んでいた患者さんがある日、脳卒中や心筋梗塞を起こして運ばれてくる。そのうちに網膜症を起こしたり、腎不全で透析導入となる。壊疽で下肢を切断せざるを得なくなる。
自分の治療成績に満足できず、挙げ句の果ては「いい薬がないからしょうがない」とか、「本当にこの患者さん、指導を守っているのかな?」などと愚かなことを考え出す自分に気づいたとき、別な何かを捜す必要を感じた。そして、糖質制限を知った。
糖質制限に自身が取り組んで絶大な効果を確認し、患者さんに勧めて一緒に取り組み始めて以降、血糖降下薬や降圧薬を減薬乃至は卒業出来る患者さん達が続出した。
アンケートを書いて頂いた医師が、オーソドックスな手法(カロリー制限)で抜群の治療効果*1を上げることが出来ているのであれば、それは自信を持って推進されたらいいと思うが、タンパク質摂取量については迷っておられるようだ。
タンパク質摂取の程度については確かに議論が多いが、糖質摂取は絶対に欠かせないと考えている限り、他の栄養素に対する考え方は常に揺らぎ続けると思う。
ちなみに、健康な腎臓が糖質の過剰摂取で悪くなることは幾らでもあるが、タンパク質の過剰摂取で悪くなるというデータを自分は知らない。また、軽度のCKD(慢性腎臓病)で、蛋白制限して糖質制限をしなかった結果、腎機能が悪化してしまった方(厳格な降圧療法は勿論併用)を、自分は多く経験している。
CKD診療ガイドライン2013では、
CQ 9 たんぱく質摂取制限は糖尿病性腎症を抑制するために推奨されるか?
(推奨グレードC1)たんぱく質摂取制限は,糖尿病性腎症の進展を抑制するというエビデンスは十分ではないが,一定の腎症抑制効果が期待できる可能性があるため推奨する.ただし,たんぱく質の制限量は個々の病態,リスク,アドヒアランスなどを総合的に判断して設定されるべきである.
とある。推奨グレードC1とは、”十分な科学的根拠がないが、行うことを考慮しても良い有効性が期待できる可能性がある。”というレベルである。
また同ガイドラインには、
たんぱく質制限の適応は,主にステージ G3bより進行した CKDであるが,画一的な制限は不適切であり,個々の症例に応じた検討が必要である.
という記載もある。ステージG3bとはeGFR45ml/分未満である。腎機能低下の度合いとしては中等度から高度に分類されるが、それでも「画一的な制限は不適切」とある。個々に応じて、患者さんと相談しながら取り組めば良いと思う。
このアンケートを書いて頂いた医師と直接お会いすることはないであろうが、もし話をする機会があればお伝えしたい。
先生、ご自身で糖質制限をされてみては如何ですか?糖質カットだけではダメですよ。ちゃんとタンパク質摂取量を増やして下さいね。
と。
糖質制限批判派、もしくは理解できない人達の多くは、自分で糖質制限を試していないと思う。もしくは、ダイエット目的で糖質のみカットして蛋白摂取をしなかった結果、体調を崩した人達ではないだろうか。
- 正しいやり方で糖質制限を行った結果、自分は体調を崩してしまったので糖質制限は危険である
- 糖質制限よりも、もっと効率の良い糖尿病治療法を自分は行っている
このような医師がいたら、酒でも飲みながらあーだこーだと議論してみたいものだ。ただ、楽しく酒を飲むためにはある程度共通のバックグラウンドが欲しい。自分が欲するのは、
「栄養の基本は糖質60%に脂質25%、タンパク質15%だよね!!」
ではなく、
「基本的には糖質は遠ざけた方がいいよね。その上で、個体差を見ながら色々と工夫したいよね!!」
というバックグラウンドの人である。
自分がかつて見ていた世界に拘泥している人ではなく、未だ自分が見ていない景色を見ている人には、頭を垂れて教えを請いたい。
