家庭天秤法の威力、献身的介護と客観的視点の両立の重要性、キャラクター分類の重要性。
この患者さんとご家族からは、様々な事を学んだ。
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70代女性 アルツハイマー型認知症
初診時
(既往歴)
X年11月 総合病院神経内科でMRIとMMSE(19点)、特に異常なしと言われた。
X+1年1月 認知症で有名な病院?でアリセプトを半分(1.5mg?)渡されたが、お腹の調子が悪くなり1ヶ月で止めた。フェルガードを紹介してもらった。
X+1年4月 同院でレビー小体型認知症(DLB)の診断。MMSE22点。
X+1年4月 別の総合病院認知症外来でMMSE23点、アルツハイマー型認知症(ATD)の診断。
X+1年5月〜X+2年6月まで、認知症で有名な別の病院?にて処方を受ける。
今回、息子さんがコウノメソッド実践医を調べて当院を受診された。
(診察所見)
HDS-R:19
遅延再生:1
立方体模写:OK
時計描画:OK
クリクトン尺度:2
保続:あり
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:2.5
rigid:
ピックスコア:1
頭部CT左右差:なし
介護保険:要支援2
胃切除:なし
(診断)
ATD:〇
DLB:
FTLD:
MCI:
その他:
明るく朗らか。HDSRで遅延再生1点、保続出現。頭部CTで海馬萎縮中等度で頭頂でやや深く切れ込む脳溝。萎縮の左右差はない。
これまでアリセプトは下痢、レミニールやメマリーもダメ。現在のリバスタッチ9mgで活気が出て上手くまとまっている感じだと。DLBよりのATDで考えておく。
次回から処方を引き継ぐ。今回はそのまま残薬内服で。
1ヶ月後
ここ数日、嫉妬妄想がひどかった。刃物を持ちだして騒いだ。
前回受診時は、夫の取り繕いでクリクトン尺度は2点だったようだ。
状況を説明する息子さんは手や顔が震えており、かなりストレスが加わっているようだ。
息子さんの判断でセロクエルの家庭天秤法で様子を見たがコントロール困難とのこと。最近アメばかり好んで食べる、薬剤過敏のことなど考えると、前頭葉の萎縮も併せてLPC陽性転化と考えるか?息子さんはDLBを疑っていると。
ウインタミンを4mgx3の家庭天秤法で。細かく診ていく。
その3日後
地域包括のスタッフと来院。
最大一回量で16mgのウインタミンを使用したが、全く効果なしと息子さん。
家族のレスパイト+抑制系の用量調節目的で認知症病棟を持つ精神科病院を紹介。
3ヶ月後
医療保護入院から退院出来た。
退院処方のメマリーは、ご家族の判断で残っていたリバスタッチ9mgに変更したと。
これで少し良くなったとのこと。抑制系処方が多い。
フェルガードはBx1、100Mx3。
2週間後
夫とぶつかることが多くなってきたとのことで、サービス付き高齢者住宅を考えている、と息子さん。自分が一緒に入居しようかと考えているらしい。
食欲セットを希望。前医処方の眠前リボトリールを2mgから1mgにして、食欲セット投入。頓用でセロクエル25mgも。
2週間後
息子さん情報では、Pickっぽい印象になってきたと。
色気づいたような発言が多いと。行動には出ないが。
セロクエル頓用は25mgは弱い。
50~75mgでまずまずとのこと。危険分散でセルシン2mgx3を追加して頓用セロクエルは50mgに。下肢筋痛、しびれは芍薬甘草湯頓用で。
食欲は戻ったので食欲セットのドグマチールは終了に。
2週間後
セルシン追加でだいぶ落ち着いてきた。
怒る回数、持続時間、ともに和らいだと。
芍薬甘草湯の効果はよくわからないとのことなので、今回は出さず。
なんとか落ち着いてきたのかな?
2週間後
- 抑肝散復活に
- セルシンは凄く合うとのこと
- 食欲セットのプロマックは終了に
- リボトリールも終了に
かなり落ち着いてきていると。
フェルガードはBを3P/dayで良い感じと。次は久しぶりにお会い出来るか?
3週間後
「これまでで一番落ち着いています」と。手を出したりすることもない。
他者を気遣ったり出来る。
食欲対策でプロマックだけ戻す。
4週間後
久しぶりにお会いできた。
表情は穏やかでニコニコ笑顔。
ご主人も息子さんも満面の笑み。
処方維持。頓用のセロクエルは不要と。
一旦改善するも、まだまだ波はある
2ヶ月後
ピック的症状が強まってきた。
息子さん判断でセルシンを6mg/dayにしたら少し落ち着いた。
- 妄想的言動、易怒性亢進
- 朝にセロクエル25mgを追加
- セルシンは昼夕2mgずつで
- 頓用でセロクエル12.5mg
過鎮静に注意。食欲は大丈夫とのことでプロマック終了。
1ヶ月後
抑肝散は3P3Xが良いようだ。
朝のセロクエルは止めて、セルシンに。セルシンは2mgx3で。食欲は大丈夫と。
ココナッツオイル導入10日目。大さじ3杯/day。落ち着きが増してきたと。甘い物を余りほしがらなくなってきた。
1ヶ月後
ココナッツオイルで興奮性がとても落ち着いたとのこと。
セルシンを減量、朝夕2mgずつとする。それ以外は継続。
初診から1年経過
AST/ALT 43/42 健診結果だが食欲低下を来すほどではない
HbA1c6.1 セロクエルには注意
体重減少はない。ココナッツオイルは大さじ3杯/day。
今回は夕のセルシンを中止に。むくみや血圧上昇があれば、抑肝散減量を。
2年目に突入
1ヶ月後
元気がないと。
近医で以前もらったドグマチールを数回分、エンシュアを数回飲んで少し活気がでた。近医で採血、脂肪肝を指摘された。
ジェイゾロフト希望あり。抑肝散で活気低下を来している可能性はある。
夕食前の抑肝散を外してジェイゾロフト12.5mg開始。次回以降で抑肝散終了も検討する。
その際には補中益気湯を考えよう。
3ヶ月後
好調のようだ。夏バテからも回復。
15ヶ月前と長谷川式の点数は変化なし。ベースの能力は維持できているかな。
夫も息子さんもとても喜んでいる。最近は家事をするようになったと。
3ヶ月後
ご本人来院。顔色良好で調子よい。
抑肝散を減らすとイライラするので現状維持。今日は採血。次回説明。
1ヶ月後
午前中の活気が今一つと。
夜のセロクエルは12.5mgに減量。念の為に頓用で12.5mgも処方しておく。
その他、採血では血糖136でA1cは6.1。セロクエルの量には気をつけておく。
1ヶ月後
ご主人と二人で来院。落ち着いているようだ。
頓用セロクエル不要、カマグも一日一回でOKと。
1ヶ月後
息子さん来院。
調子はよいようだ。
マイスリー制限のため、今回を10mgを処方し半分に割ってもらう工夫で。
次回はひらやま脳神経外科で会いましょう。
(引用終了)
初診時の臨床的診断はアルツハイマー。ただし、outputされる症状に応じて処方は柔軟に考える。
抑制系薬剤の最大投与量を医者が設定し、その範囲内でご家族が最適量を見つけ出すべく調整する。それが家庭天秤法。
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これをご家族が出来るかどうかで、特に陽性症状の強い認知症患者さんの予後は大きく変わる。
この方の陽性症状が強まった時に、まず自分が出した処方はウインタミンであった。
コウノメソッドでは、アルツハイマー型認知症に対する抑制系薬剤の第一選択はグラマリールである。そして、ウインタミンはピックに対する第一選択。なのに、何故ウインタミンを出したのか?
それは、怒り方やキレ方にピック的な要素を強く感じたからである。
退院後の抑制系薬剤の選択はセロクエル、セルシンと、悉くピック的陽性症状対策の薬であり、実際それらの調整でコントロールが可能であった。*1
では、この方はアルツハイマー型認知症ではなくピック病なのでは?という疑問が当然沸く。
この方を「臨床診断はアルツハイマー」としたのは、初診時の頭部CTで見事にアルツハイマーの要素を持ち、ピックスコアは1点で保続はある、という結果を重視したからである。そして、薬剤過敏要素もありそうだったので、DLBよりのATDと初診時は考えた。
今でも多くの面でアルツハイマーらしさを持つこの方だが、時折見せるキレ方は非常にピック的である。
この方がアルツハイマーなのかピックなのか、あるいはレビーなのかという「病型診断」は、初診時はともかくとして、時間が経過すればするほど自分にとってはどうでもよくなる。
重視するのは「症状改善の為の現時点における最適処方は何か?」である。
ピック的なキレ方をする人にはピック処方(ウインタミン、セロクエル、セルシン)を。アルツハイマー的焦燥感やもの探しから来るイライラ感が多めの方にはアルツハイマー処方(グラマリール)を。レビー的神経質さや幻視にはレビー処方(抑肝散)を。
1人の患者さんに複数の認知症の要素が混在すると感じた場合、まずはキャラクター分類し、個々の要素に対応する薬剤を少量で分散させながら適用する方が、単剤をひたすら増量していくよりも結果的には改善に結びつきやすいように思う。
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