鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【妄想的小考】薬を販売するための巧妙な戦略。

 『「処方せんチェック虎の巻」改訂版 上』という本がある。

 

「処方せんチェック」虎の巻 改訂版 上 (日経DI薬局虎の巻シリーズ)
澤田 康文
日経BP社
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2009年の本で古くはあるが、その中で興味深い一節を見つけたのでご紹介する。

疑義照会実践例

 

(前回の処方せん)
アリセプトD錠(3mg) 1錠 1日1回 朝食後 14日分
(今回の処方せん)
アリセプトD錠(3mg) 1錠 1日1回 朝食後 14日分

 

(患者背景)

▶ 92歳の男性。処方オーダリング。病院の神経内科。
▶ アルツハイマー型痴呆症であると診断されており、前回からアリセプトによる治療が開始されていた。今回は2回目の診察であった。

 

(疑義照会のポイント)
▶ アリセプトD錠〈ドネペジル塩酸塩〉の用法・用量は、1日1回3mgから開始し、1〜2週間後に5mgに増量することになっている。
▶ この患者は前回よりアリセプトDによる治療が開始され、本日、2回目の診察を受けたものの、用量は変わっていない。

 

(疑義照会の結果)
3mg錠ではなく、5mg錠が処方されることになった。

 

(解説)
前回より処方されているドネペジル塩酸塩は、現在のところ、わが国でアルツハイマー病に適応を持つ唯一の薬剤である。同剤は、アセチルコリンを分解する酵素であるアセチルコリンエステラーゼを阻害することで、脳内のアセチルコリンを増加させ、アルツハイマー型痴呆の初期症状を改善する。


ドネペジル塩酸塩は脳内への移行性が高いため、末梢のアセチルコリンエステラーゼへの影響が少なく、副作用が比較的少ないと考えられている。ただし、特に投与開始初期は、アセチルコリンの増加による副交感神経の亢進により、下痢、胃酸分泌増加による胃潰瘍などの消化器症状の出現頻度が高い。


 こうした消化器症状は、漸増投与によりある程度抑えられることが知られている。実際、国内の臨床試験では次のような結果が報告されている。まず、臨床第Ⅱ相試験において、同剤を 3mg/日投与した群とプラセボ群とでは差が認めらず、3mg/日は有効用量ではないことが判明した。しかし、最初から同剤を5mg投与した場合、消化器系症状の発現率(因果関係なしを含む)は 12.5%(8/64例)で、プラセボ群の 1.7%(1/59例)に比較して、約 7.4倍高かった。そのため、続く第Ⅲ相試験では、3mgを 1週間投与した後に 5mgに増量するという投与方法が採られた。その結果、5mg/日の効果が証明され、また、消化器系症状の発現率も、5mg群(最初の 1週間は 3mg)で14.7%(20/136例)、プラセボ群で 8.4%(11/131例)となり、消化器症状の発現頻度は約 1.8倍に抑えられた(なお、この第Ⅲ相試験において消化器系症状の発現頻度が高くなった理由は、介護日誌を使用して詳細に有害事象を収集したことによるとされている)。


 これらの結果を踏まえ、同剤の用法・用量は、添付文書上、1日 1回 3mgから開始し、1〜 2週間後に有効用量である 5mgに増量することとされている。(同書p234~235より引用)

 

 

疑義照会の功罪 

 

この書籍の著者は、薬学部の教授である(執筆当時)。

 

上記で引用した内容は、要は

 

『ある神経内科医師が92歳のアルツハイマー型認知症の男性患者にアリセプト3mgを2週間処方し、その後3mgで再度2週間処方しようとしたら薬剤師から疑義照会が入り、5mgへ増量となった』

 

ということである。

 

薬剤師から医師への疑義照会とは、「先生、さっき処方した〇〇という薬ですけど、あの出し方で本当に大丈夫ですか?」という、いわば"薬のプロからの確認とアドバイス"といったものである。

 

電子カルテが普及した近年は、一般的ではない処方*1は電子カルテで弾かれるようになっているため、以前と比べて医師の不注意による処方ミスは減っていると思われる。 

 

医師の不注意へのチェック機構という意味では有り難い疑義照会だが、基本的には「添付文書の内容通りに処方されているかどうかの確認」であり、「患者さん個々の具合から判断して処方していますか?」というものではない。

 

「先生、先月アリセプトを5mgに増量したあの患者さん、ご家族に伺うとかなり易怒性が亢進しているみたいで、薬局の窓口でもかなりイライラした素振りが見受けられました。いったん3mgに減量してみるのはどうでしょう?」といった疑義照会があれば相当有り難く思うが、今のところ経験したことはない。

 

話が逸れた。

 

今回紹介した疑義照会、「5mgへの増量」の意味合いを2つに分けて考えてみた。

 

  1. 神経内科医師は、アリセプトが3mgで開始して5mgに増やすことが添付文書で定められた薬だということを知らなかったため、薬剤師からの疑義照会で気づいて5mgの処方に繋がった。
  2. 神経内科医師は、アリセプトの増量規定のことは知っていた。しかし、男性患者の92歳という年齢を考慮して、敢えて3mgで維持しようと思っていた。しかし、疑義照会があったため、やむなく5mgに増量した。

 

1であれば、医師は「いやー、知らなかった。ありがとう」であろう。

 

2であれば、「5mgに増量した場合の副作用が気になるけど、今後3mgの処方を続けたら毎回疑義照会がくるかもしれない。それはそれで面倒だ。レセプトで撥ねられる可能性*2もあるし、しょうがないから5mgで出すか・・・」かもしれない。

 

本を書いているのが薬学部教授ということから、「医師が知らなかったことを薬剤師が指摘して、正しい処方に繋がった」という、1のニュアンスが仄かに感じらた。しかし、「正しい処方」のあとに副作用が起きていなかったどうかについての記載は、残念ながらなかった。

 

医師は薬剤師からの疑義照会とレセプト審査、2重の鎖でアリセプトの増量規定に縛られている(縛られてきた)ことがわかると思う*3

 

「薬剤師から医師への増量規定遵守の念押し」はこれぐらいにして、今度は「薬剤師から患者への、服薬指導による確実な規定量内服」を見てみる。

 

以下は、エーザイのHPからの引用。赤文字強調は筆者によるもの。

 

  患者や家族には、有効用量を服薬開始後、効果が出るまでに約3カ月かかること、すぐには効果が現れないこと、また、効かないからといって勝手に止めてしまうことがないように、あくまでも、症状の進行を遅らせる薬であり、根本的な治療薬ではないことを説明し、理解していただくことが大切である。


 副作用の出現が原因で服薬を早期に中止している現状を回避するためには、副作用の発現しやすい投与開始時期および有効用量へ増量する時期に、副作用の予兆と対処方法について服薬指導を行うことがポイントである。説明時には患者の副作用症状の確認とともに、薬物療法への不安を傾聴し、生活背景に考慮した情報提供を親身になって行うことが、服薬アドヒアランスの向上に繋がる。

 

 「効かないからといって勝手に止めてしまうことがないように」や「副作用の出現が原因で服薬を早期に中止している現状を回避」という文言からは、何が何でもアリセプトを飲んでもらおうというエーザイの意気込みが強く感じられる。

 

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これは、同ページで紹介されている服薬指導のポイントをまとめた資料である。

 

アリセプトを処方された患者さん達は、この資料を元に「お薬の服用を途中でやめないように注意してください」と、薬剤師から指導を受けているのだと思われる。

 

営利企業のダブルスタンダード

 

では、アリセプトの添付文書にはどう記載されているのか。

 

その他の副作用の注意

 

注)このような副作用があらわれた場合には、投与を中止すること

 

とある。

 

赤文字強調は筆者によるものだが、「投与を中止」と銘記されている。

 

「その他の副作用」は多岐にわたるが、例えば精神神経系(0.1~1%未満)であれば、「興奮、不穏、不眠、眠気、易怒性、幻覚、攻撃性、せん妄、妄想、多動、抑うつ、無感情」であり、消化器症状(1~3%未満)であれば、 「食欲不振、嘔気、嘔吐、下痢」である。

 

(以下、妄想開始)

 

自分がエーザイのアリセプト販売戦略担当だったら」という観点で今回の流れをまとめると、以下の様になる。

 

  1. 薬剤師からの疑義照会で、低用量処方を行っている医師に規定量での処方を促す
  2. 薬剤師を通じて、患者さん達には「お薬を勝手に止めないように」 と指導させる
  3. 添付文書には「副作用出現時は投与を中止」と銘記しておく

 

1と2で規定量への増量及び維持を狙いつつ、3で保険をかける。

 

副作用が疑われても、患者や薬剤師には判断させずに、医師に判断させる。医師が副作用に気づかなければ、規定量で処方が維持され薬は売れる。あとで副作用が問題になっても、それは気づかなかった医師の責任。なぜなら、添付文書では「副作用出現時は投与を中止」と銘記してあるのだから、それを確認しなかったのは医師であり、製薬会社の責任にはならない。

 

「勝手に止めてはいけない、止めさせてはいけない」と患者や薬剤師には説明しつつ、「副作用が出たら止めろ」と添付文書にそっと書いておく。副作用が出ない程度に減量して使おうとしたら、レセプトでカットする。

 

(妄想終了)

 

まさか狙ってやっているとは思わないが、実際に抗認知症薬の処方現場で起きていることではある。

 

このようなやり方はダブルスタンダードとしかいいようがないが、営利企業としては、利益を上げつつ自社への被害を最小限に止めるという、リスクマネジメントの一環に過ぎないのだろう。

 

「患者さんや家族が早めに副作用に気づけるように」というリスクマネジメントは、営利企業に頼らずに自分達でやっていくしかないな、と思う次第。

 

www.ninchi-shou.com

*1:例えば、最高用量10mgのアリセプトを20mg処方しようとする、など。

*2:増量規定を守らなければレセプトがカットされ、処方した病院が損害を被る。

*3:薬剤師からの疑義照会には逆らえないということは、勿論ない。ただ、外来が混み合っているときに疑義照会が重なることは避けたいという心理はお互いに働いているかとは思う。