今回は、90歳女性を例にあげながら、「とりあえず抗認知症薬処方」が無くならない理由を考えてみる。
90歳女性 レビー小体型認知症?意味性認知症?
初診時のNYさんのHDS-Rは6/30と、既に認知機能はかなり低下していたのだが、改訂クリクトン尺度は16/56と低く、同居の息子さんの負担感はさほど高くはなかった。
もしアルツハイマーが主因でHDS-Rがここまで低下していたら、ADLは相当低下しているのが普通である。しかし、食事や風呂、トイレなどは自立し余り手はかからず、ただ「女の人が見えて怖い」という幻視が問題になっていた。
前医の診断はレビー小体型認知症。
幻視や夜間の叫び声(≒レム睡眠行動異常)は確かにあったが、パーキンソン症状はなく認知の変動もなかった。経験上、超高齢者のこういったエピソードに遭遇した場合に「ハイハイ、レビーですね」と決め打ちはしないようにしている。*1
自分としては、幻視よりもむしろ語義失語が気になった。
こちらが訊ねることに眉をしかめて息子さんの方を振り返る、いわゆる「ふり返り動作」が多発し、諺を聞いても意味が分からずオウム返し。頭部CTでは、わずかではあったが左側頭葉は右よりも萎縮していたので、前頭側頭型認知症(≒意味性認知症)の要素は十分に考えられた。
レビー小体型認知症と意味性認知症を両天秤で考えるべきと判断し、かかりつけ医にはメマリーを減らすよう情報提供書を送った。40kgに満たないNYさんに、メマリー20mgは重すぎる。
結局、その後すぐにご家族の希望で当院にかかりつけ医引っ越しとなり、以降は主に幻視の制御に努めつつ、併行して他剤併用状態の整理及び減薬に取り組んでいった。
20mg投与されていたメマリーを5mgまで減量し、朝昼夕で処方されていた抑肝散を1日1回夕のみに減量。*2
幻視対策にはセレネースを選択。
セレネース0.375mgの内服により、見えはするものの幻視と折り合いを付けて生活出来るレベルになった。そして、幻視のことを言わなくなった頃合いを見計らって漸減中止した。
経過中の一時期、足や腰などを痛がるかのようにさするという行為が見られた。
このような場合、「痛いですか?」と聞いて明確な返事が返ってこなければ、RLS(下肢静止不能症候群、俗に言うムズムズ足症候群)の可能性がある。
そこで、ニュープロパッチを2.25mgから始めて4.5mgに増量したところ、訴えはピタッと止んだ。その後しばらく様子をみて、4.5mg→2.25mg→0と漸減終了した。
ほどほどの状態で落ち着き、処方間隔も2ヶ月に延びてしばらく経った頃、自宅で転倒して頭部を打撲し急性硬膜下血腫を起こして入院となったと息子さんから連絡を受けた。初診から3年が経過した夏のことだった。
幸い手術が必要なほどではなく、急性期治療を終えてリハビリのために〇〇病院に転院となった。
退院後は自宅に戻らずにグループホームに入所することになったので、施設提携の病院宛てに今後の治療を依頼するための情報提供書を書いた。
しかし、NYさんはグループホーム入所2日目にして当院に舞い戻ってこられた。
転院先でドネペジルが処方されてから事態が悪化
来院に先立って息子さんから電話があり、
「昨日〇〇病院を退院してそのままグループホームに入所になりましたが、入所初日から興奮気味で昨夜は一睡もせずに一晩中ブツブツ言っていました。手引きで歩行は出来ますが、転倒防止のため車イスで過ごす時間が長いです。車イスから立ち上がり歩こうとするので目が離せないようです。〇〇病院に入院してから内服が変更になり状態が良くないみたいなので、以前の処方に戻してもらえないでしょうか?」
とのことだった。
内服を確認すると、
- カルフィーナ(0.5)2C1XM
- ドネペジル(5)1T1XM
- トビエース(4)1T1XA
- 抑肝散1P1XA
- マグミット(330)2T1XA
- ランソプラゾールOD(30)1T1XA
- チアプリド(25)3T2X 1Tは夕方 2Tは眠前
- ルネスタ(1)1T1X眠前
- 興奮時・・・リスペリドン1mg内用液
この9種類。ちなみに、急性硬膜下血腫で入院する直前の当院処方は
- メマリー(5)0.5T1XA
- ウリトスOD(0.1)1.5T1XA
- 抑肝散1P1XA
この3種類だった。
以下、〇〇病院で起きたであろうことを書いてみる。
(妄想開始)
〇〇病院医師「なぜレビー小体型認知症なのにドネペジルが入っていないんだ?処方しておこう。量は規定通り5mgを使おう。メマリーが2.5mgなんて少なすぎる。効いていないだろうから止めよう。そもそもレビーには適応がないし。抑肝散ぐらいは残しておいてもいいかな。」
↓
〇〇病院看護師「先生、NYさんが興奮して夜寝てくれません。トイレの回数も入院時より多くなっています。」
↓
〇〇病院医師「そうか、認知症が進行したんだな。転院で環境変化もあったからしょうがないか。興奮にはチアプリドを使って、夜はルネスタで寝て貰おう。頻尿にはトビエースを出しておこう。あれ、ウリトスが入っていたっけ?まあいいか。院内採用のトビエースに変えよう。」
↓
〇〇病院看護師「先生、NYさんはそろそろグループホーム入所の時期が迫っていますけど・・・(このまま退院させるのかな?)」
↓
〇〇病院医師「(入院当初より具合が悪くなっているけど・・・あとはグループホームが介護で何とかしてくれるかな・・・)では、家族を呼んで退院日程調整に入りましょう。」
↓
グループホーム管理者「こんな状態で退院させないでくれよ・・・orz」
(妄想終了)
念のためですが、妄想です。
以下、この事態を受けて自分が行ったことをカルテから引用して列記する。
再介入開始初日
(引用開始)
せん妄状態。シチコリン500mgを静注。
両側上肢のrigidは目立たない。頭部CTは2年前と比較して明らかに左側頭葉萎縮が進行。
〇〇病院でドネペジルが処方され興奮、抑えるためにリスパダールとグラマリールが出され、だったのかな。
幻視対策でセレネース朝0.375mgに夕方クエチアピン12.5mgを開始。眠前ニトラゼパム2.5mgで睡眠対策。これでまず3日間。
施設管理者の方は非常に協力的。採血もしておきましょう。
3日後
シチコリン注射直後で目だった変化はなかったとのこと。
クエチアピン+ニトラゼパムで睡眠についてはかなり改善。もう一息とのことでクエチアピンを0.5T増量。手引き歩行でトイレなどは行けていると。
背中を中心にあちこち痛がると。これはRLS再燃か。かつて一時期使用したニュープロを再開。
幻視については見えているのは相変わらずだが、怯えることなくADL阻害には至らなくなってきたようだ。パーキンソニズム悪化はなしと。
採血結果は特に問題なし。
1週間後
「夜の睡眠は、今ぐらいで十分です」と同伴スタッフ。ただ、しきりに腰部を気にして痛がるとのこと。
胸腰椎CTでTh12とL4に圧迫骨折を認める。新鮮なのかどうか、念のためにMRIのある整形外科に紹介。
1週間後
整形外科では新鮮骨折ではないとのことでマックスベルトと鎮痛剤が処方されたが、いずれも全く改善なしと同伴スタッフから情報聴取。
痛みは全く訴えずにケロッとしている時間帯もあれば、声を上げて大仰に痛がることもあると。
心因性は十分考えられるだろう。サインバルタ20mg開始。嘔気に応じて適宜脱カプセルをスタッフに依頼。ニュープロは中止。
夜は完璧に落ち着いた。手引き歩行でトイレまで行ける。もう一息だろう。
診察中にふと見せた笑顔は、以前元気に通院していた頃に近い。
2週間後(再介入から1ヶ月後)
サインバルタ20mg開始後、3日間ほどはややふらつきがみられたが、7日目からピタッと腰痛のことを言わなくなった。同時に傾眠がややみられた。スタッフは脱カプセルを考えたが、その2日後には傾眠はなくなった。
夜間睡眠良好で腰痛の訴えもなく、入所当初の陽性症状はほぼ消失。
良かったですね。
あとは経過をみながら減薬していきましょう。その際には、セレネースから。その後はクエチアピン。最後にサインバルタの順番で。
(最終処方)
- セレネース(0.75)1T1XM
- エディロール(0.5)1T1XM
- サインバルタ(20)1C1XM
- クエチアピン(12.5)1.5T1XA
- メマリーOD(5)0.5T1XA
- ウリトスOD(0.1)1.5T1XA
- マグミット(330)2T1XA
- ニトラゼパム(5)0.5T1X眠前
(引用終了)

3年半で、脳萎縮の左右差は明確になった
「認知症には抗認知症薬を」が狂わせる歯車
NYさんの薬は、入院を切っ掛けに3種類から9種類に増えた。
その処方内容を見てすぐに、「ドネペジルの処方から始まった負のカスケードだ*3」と分かった。
ドネペジル(抗認知症薬)で狂ってしまった歯車は、ドネペジル中止だけでは戻らないことがあるから厄介だ。
案の定、NYさんもそうだった。セレネースを加え、クエチアピンやニトラゼパムを加え、そして最後にサインバルタまで使って何とか収拾がついた。
このような負のカスケードは、いつまで経ってもなくならない。
抗認知症薬から始まる負のカスケードがNYさんに起きてしまった理由を、2つ考えてみた。ひとつは、現行の入院医療システムの不備。
ある患者さんが何らかの病気で急性期病院に入院し、その後、回復期と慢性期病院を経て自宅に復帰した、と想定する。
急性期病院、回復期病院、慢性期病院、それぞれの病院で、その時々の担当医が、各々の考えで治療を行う。日本の入院医療はそういうシステムになっている。そして、このシステムにおいては、最後にその人を診た医者がその後も継続的に診ることが担保されてはいない。
NYさんは、退院後は施設に入ることが決まっていた。そして、その施設の嘱託医がNYさんを診ていくことも既に決まっていた。
自分が今後も継続的に診ると分かっていたら、普通は無茶なことは出来ない。〇〇病院の医者の処方は、自分がその後を診ることはないという油断から生じた可能性がある。
そして2つ目の理由は、『「認知症には抗認知症薬を」という医者の思い込み』である。
頑ななまでにドネペジル5mgを処方し続ける医者を見かけるたびに、思い込みがドグマ化しているのだろうと思わされる。
抗認知症薬で火を着けて抗精神病薬で火消しをするという矛盾に気づかずに思い込みを続け、やがて訂正不能なレベルに達すると、それはドグマ(≒教義)となる。
定型的に抗認知症薬を処方し続ける医者の多くは、
Alzheimer型認知症患者の認知機能改善のために、現在使用可能な薬剤は、コリンエステラーゼ阻害薬cholineseterase inhibitor(ChEI)のドネペジル、ガランタミン、リバスチグミンの3種類とNMDA受容体拮抗薬のメマンチンである。いずれも有効性を示す科学的根拠があり、使用するように勧められる。(推奨グレード1A)
というガイドラインの記載に依拠しているのかもしれないが、自分は以下の様な実践的なデータを重視する。
アルツハイマー病患者にコリンエステラーゼ阻害薬を投与する臨床試験に関する別のメタ解析では、臨床的有意差(ADAS-cogで4点以上の改善)を達成するために必要な患者数(number needed to treat :NNT)は10(95%信頼区間8-15)、著明改善(全般的臨床症状評価で2段階以上の改善)を達成するためのNNTは42(95%信頼区間26-114)でした。(CMAJ2003;169(6):557-64) (科学的認知症診療 5Lessons p102より引用)
「10人に処方して効いたと言えるのは1人で、著効したのは42人に1人」という薬を処方し続けるには、それ相応の理由が必要である。*4
自分のスタンスは、「効くなら使う」である。
効いたと判断するのは、医者か、本人か、家族かである。「ちょっとでも進行を遅らせたいから」と患者さんや家族が強く希望するのであれば、副作用について説明した上で少量で使うことはあるものの、「進行を遅らせられるかもしれない」という不確かな期待の元で定型的に使うことはない。
当院では、患者さんに抗認知症薬を処方する際は少量投与を基本にしている。そして、少量投与でも効果の実感が得られなければ、ダラダラ続けることはせずに相談して止めることが多い。副作用の発現率は当然だが低い。
「正しく診断されたとしても、抗認知症薬は90%は効かない*5」というデータが示す現実は、患者さんや家族にとっては辛いものだ。
そして我々医者もまた、辛い。
「早期診断と早期治療で、認知症の進行を遅らせましょう」という世間的常識の元、不安と期待を胸に来院された患者さんやご家族に対して、辛い現実を説明をするたびに胸が痛くなる。*6
しかし、その辛さを患者さんやご家族に転嫁することは出来ない。そして、患者さんやご家族の辛さは、少しずつ引き受け続けなくてはならない。
否応なく、医者にはそのような役割が社会的に求められている。尊いけれども確実に消耗する職業ではある。
思考停止しながら(と思われる)抗認知症薬を規定量で処方し続けている同業者に対しては、
「今までキツかったんでしょうね。もしくは、もう認知症に飽きてしまいましたか?」
という、一種憐憫に近い感情は持つ。*7
そして、「自分もいつかは、そうなってしまうのだろうか?」という漠然とした不安を感じながら、日々多くの家族の嘆きを聴き続けている。
小田 陽彦
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