先日、一般診療科(普段うつ病を専門的には診ない診療科)の医者を対象とした、製薬メーカー主催のうつ病の勉強会に参加した。
内容だが、教科書的なことを中心に、SSRIの使い方のような話に差し掛かったところで、残念ながら所用があり中座したのだが、聞けた範囲では目新しいことはなかったように思った。
今回は、うつ病診療に関して普段気をつけていることを書いてみる。何某かのご参考になれば幸い。
操作的診断とは?
その前に、うつ病(大うつ病)をどのように診断するのかについて、操作的診断と伝統的診断という二つの診断方法について簡単に述べる。
DSM-IV(米国精神医学会作成の診断マニュアル)によると
以下の症状のうち5つ(またはそれ以上)が同じ2週間の間に存在し、病前の機能からの変化を起こしている。これらの症状のうち少なくとも1つは、(1)抑うつ気分または(2)興味または喜びの喪失である。
注:明らかに、一般身体疾患、または気分に一致しない妄想または幻覚による症状は含まない。
- (1) その人自身の言明(例:悲しみまたは、空虚感を感じる)か、他者の観察(例:涙を流しているように見える)によって示される、ほとんど1日中、ほとんど毎日の抑うつ気分。注:小児や青年ではいらだたしい気分もありうる。
- (2) ほとんど1日中、ほとんど毎日の、すべて、またはほとんどすべての活動における興味、喜びの著しい減退(その人の言明、または他者の観察によって示される)。
- (3) 食事療法をしていないのに、著しい体重減少、あるいは体重増加 (例:1カ月で体重の5%以上の変化)、またはほとんど毎日の、食欲の減退または増加。注:小児の場合、期待される体重増加が見られないことも考慮せよ。
- (4) ほとんど毎日の不眠または睡眠過多。
- (5) ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止(他者によって観察可能で、ただ単に落ち着きがないとか、のろくなったという主観的感覚ではないもの)。
- (6) ほとんど毎日の易疲労性、または気力の減退。
- (7) ほとんど毎日の無価値観、または過剰であるか不適切な罪責感(妄想的であることもある。単に自分をとがめたり、病気になったことに対する罪の意識ではない)。
- (8) 思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる(その人自身の言明による、または、他者によって観察される)。
- (9) 死についての反復思考(死の恐怖だけではない)、特別な計画はないが反復的な自殺念慮、自殺企図、または自殺するためのはっきりとした計画。(メンタルナビより引用)
このようになる。
慎重に作成したDSM-IVによってADHDの診断が15%増加すると見込んだが、実際には3倍に増加し、小児の双極性障害は40倍に、自閉症は20倍に、成人の双極性障害は2倍となった。このような診断のインフレはとどまるところを知らず、DSM-5の登場によりさらになる過剰診断と不適切な診察が増加されると推察される。(Wikipediaより引用)
DSMに関しては上記の様に様々な問題が指摘されているようだが、ここではそのことは措く。
DSMに基づいて診断するということは、項目を満たすか満たさないかで機械的に割り振っていく、いわゆる「操作的診断≒チェックリスト診断」を行うということである。*1
この操作的診断は、誰が行っても同じ結果になりやすい、つまり判定者の影響を受けにくく、客観的な(?)診断を行いやすいというメリットがあるらしい。
一方デメリットは、
- 画一的な診断に当てはまらない人達が漏れてしまう
- 患者側の訴えに依存するところが大きいため、過剰診断に繋がる可能性がある
といった点があげられるだろう。
伝統的診断とは?
伝統的診断とは、患者の雰囲気や医者の経験を加味した診断のことである。例えば、
以前も同じような訴えの患者さんがいた。その原因を〇〇と考えて検査を行ったところ、Aという原因が分かったためBという診断を下した。
このような経験に基づいて診断することは、伝統的診断といえる。
DSMやICDのような、一応は統一されたマニュアルに基づく訳ではないため、医者によって診断が変わり得るだろうし、こちらもまた操作的診断と同様に過剰診断に繋がる可能性はある。
要は、「操作的診断のみだと味気なく、伝統的診断のみだと胡散臭くなってしまうので、両者のバランスを上手くとることが重要」ということかもしれない。
うつ病の分類
うつ病は主に以下の3つに分類されるらしい。
- 心因性うつ病
- 内因性うつ病
- 身体因性うつ病
1と2の違いはストレス関与の有無らしい(ストレス関与のうつ病が1)。ただし、自分ではそれと気づいていないストレスなどいくらでもありそうなので、厳密に分けられるものなのか、また分けた結果治療方針が大幅に変わるものなのか、その辺りはよく分からない。外野からみていると、いずれも抗うつ薬で治療されているように思う。
また、3は内臓疾患や脳疾患(脳卒中後など)、痛みなどをきっかけに発症するうつ病とのことである。治療方針は通常「うつを引き起こしている原疾患の治療」が優先されるようだが、やはりこちらも"普通に"抗うつ薬が処方されていることが多いように思う。
結局、うつ病として1~3のどこに分類されても、心療内科や精神科では抗うつ薬(≒SSRI)が出されているのが現状なのではないだろうか?そして同様に、一般医科ではデパスなどの抗不安薬がカジュアルに出されている印象を持つ。
その他、非定型うつ病という概念がある。大うつ病と比較して
- 若年者に多い
- 仕事では抑うつ的になるが、余暇は楽しく過ごせる
- 夕方にかけて辛くなってくる
- 過食傾向
このような特徴があり、治療においては精神療法>薬物療法というバランスが求められる、とのこと。
教科書的な記載がそのまま、普段の自分の診療で腑に落ちる感触があまりないため、「らしい」という伝聞調が多くなっていることはご容赦願いたい。
より機能的疾患*2としてうつ病を眺めるそして、生化学的アンバランスにも目を向ける
うつ病と局所脳血流低下の関係が指摘されるようになってしばらく経つ。
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「2週間以上続く~」や「ほとんど毎日~」などの診断基準には、どこまで客観性が担保されているのか正直なところ自分にはよくわからない。
脳外科医としてこれまで、脳卒中を起こした患者さんの麻痺や失語という「誰の目にも明らかな症状」と、頭部CTやMRIにおける「誰の目にも明らかな脳卒中の画像所見」を見てきた。これ以上の「客観的な」証拠はない。
しかし今の診断基準でうつ病を診断する場合、このような客観的証拠が提示できないのである。
この「みなが納得できる客観的証拠を提示できない」ことが、うつ病診療を難しくさせる大きな要因の一つだと思う。
そういう意味では、脳血流検査のような画像的な根拠があると疾患を理解しやすいし、患者さんへの説明も捗る。
ただ、うつ病が疑われる患者さん全員に脳血流検査を行うべきかとなると、それはまた別の話。また、うつ病と診断されたら必ず脳血流が低下しているわけでもないだろう。
自分の場合、抑うつ症状を呈している高齢者を診察するときには、認知症寄りに診るようにしている。具体的には
「レビーの可能性はないか?」
と疑って診るようにしている。レビーか否かで、治療方針は大きく変わってくる。
認知症寄りに診ようとする場合、他の認知症疾患や器質的病変の有無を鑑別するためにも画像診断は一度はしておいたほうがよい。ただしそれは、頭部CT3方向で十分かと思う。
若い年代のうつ病については、栄養面を重視するようにしている。特に
- 鉄が不足していないか?
- タンパク質は不足していないか?
この2点には気をつけている。 調べてみると結構な確率で鉄タンパク不足を呈しているものである。ただし当然ではあるが、鉄タンパク不足であれば皆うつになる訳ではない。「生化学的な側面からもうつ病を眺める必要がある」ということを言いたいだけである。
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「診断即投薬」には慎重
先日、なかなか改善しないめまいを主訴に20代前半の女性が当院を受診した。
これまで耳鼻科や整形外科で受けた診断は、末梢性めまい症やストレートネック、胸郭出口症候群、などなど。メリスロンやテルネリンなどの処方を受けていた。
頭部画像評価を受けたことがなかったらしく、念のためにCTを撮ったが腫瘍性病変や器質的変化は特に認めなかった。小脳失調はなく歩行も問題なし。めまいは回転性であったり浮動性であったり、一定ではないとのことであった。
色々聞いているうちに、
と言ったキーワードが出てきたので、GDS*3をしてもらったところ10/15。抑うつ傾向ありと考えられた。
新卒で経験がないにも関わらず、古参スタッフ同様の働きが求められる職場で頑張っているうちに、ひどいめまいを感じるようになったとのことであった。ただしこの女性は、
「職場の先輩達は凄くよくしてくれる。人間関係などでストレスを感じたことはない。」
と話していた。
本人がストレスと感じていなかったのであれば、うつの病型診断としては「内因性うつ病」になるのだろうか?自分ではそうと思っていない無形のストレスなど幾らでもあるように思うので、自分はあまり「心因性、内因性」といった分類に拘りすぎないようにしている。
食事面では、栄養バランスが大幅に崩れていることはないようであったが、間食に甘いものをよく食べているとのことであった。
「めまいなどの症状は脳の特別な病気ではなく、うつからくる症状だと思います。 」
と話すと、同伴していた母親と顔を見合わせしばらく黙っていた後、頷いて同意された。「やっぱり」と思ったらしい。
ちなみに採血検査は
- フェリチン33.5
- BUN14
- AST11/ALT7 γ-GTP13
- Hb14.1 MCV87.8
という結果で、「貧血を伴わない中等度の鉄不足。そして、トランスアミナーゼの低値及び乖離からは、極軽度の蛋白摂取不足とビタミンB6不足があるかな。」と考えた。
「最も重要なのは休息なので、まずは仕事を休みましょう」と話して、職場に提出する診断書を作成した。そして、
- 甘いものを控えて、タンパク質を多めに意識して摂取して下さい
- 鉄剤を内服してもいいですが、まずはレバーや小松菜などを意識して食べて下さい
- ビタミンB群のサプリメントを摂ってみて下さい
と勧めて2週間後に再診したが、明らかに調子が上がってきたようで、めまいもほぼ消失していた。この改善を確認して「抗うつ薬は不要でしょうね」と説明し、次回診察を1ヶ月後とした。
まとめると、自分のうつ病診療は
- 頭部画像(CT)は念のために撮る
- 採血は行う
- 栄養面の問診、特に糖質過多や鉄不足になっていないかは確認する
- 診断即投薬には慎重
このような感じである。 特に、「診断即投薬には慎重」については、うつ病だろうが認知症だろうが同じスタンスで臨んでいる。
様々な精神症状(気分や感情の訴えを含め)を細かくカテゴライズして「疾患」に落とし込めるほど、現在の精神医療が診断に際して客観的証拠を多く持っているのだろうか?という疑念が自分にある以上、「即投薬」という危ない橋は極力渡らないように気をつけている。
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