正常と非正常の境目とは?
50代男性 認知症?成人期ADHD?
初診時
(既往歴)
特記事項なし
(現病歴)
半年以上前に車を買い換えた際に、運転操作が極端に慎重になったことを家族はいぶかしく思っていた。その後数ヶ月して便秘で困るようになった。同時期から食欲低下や口数が少なくなり始めた。また、スムーズに出来ていた仕事に支障を来すようになったため心療内科を受診したところ、うつ病の診断がおりた。
頭部画像評価で脳萎縮の指摘はされたが、「この脳萎縮に意味があるのかは分からない」と言われた。処方された抗うつ薬(サインバルタ)で活気は上がった。
職場の上司から当院受診を勧められ、来院。
(診察所見)
HDS-R:19 数字苦手
遅延再生:3
立方体模写:OKだが小さい
時計描画:9で止まった その後促しで描けた
IADL:5
改訂クリクトン尺度:2
Zarit:2
GDS:5
保続:なし
取り繕い:なし
病識:ありあり
迷子:なし
レビースコア:ー
rigid:なし
幻視:なし
ピックスコア:ー
FTLDセット:4/4
頭部CT所見:右有意の萎縮
介護保険:ー
胃切除:なし
歩行障害:奥さん曰くスローになったと
排尿障害:頻尿だが前からと
易怒性:なし
傾眠:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:
(考察)
子供の頃からケアレスミスが多い、片付けが苦手、複数のことを同時に出来ないなどの特徴があったと。家族からは「お父さんは天然だよね」と、そのキャラを愛されている。
成人期ADHDだろう。仕事のストレスで能力低下を来しているようだ。職場に上申し、配置転換を含め配慮して貰うように診断書を作成。かかりつけへの情報提供は、ご本人達が遠慮しているようなので止めておいた。ストラテラ開始よりは環境整備が優先だろう。
ただし、右有意の脳萎縮のことがあるので油断はしないように。困った時にはいつでもどうぞ。
(引用終了)
成人期ADHDとは?
成人期ADHDという疾患について。
この疾患では小さい頃から不注意や多動(たどう)、衝動性(しょうどうせい)といった症状があったが、ご自身が悩んでいなかったり、周囲から指摘されなかったため、自分では気づかないまま成人していることがあります。
上記症状のうち、多動や衝動性は大人になるにつれて目立たなくなりますが、不注意は成人になってからも持続することがあり、日常生活や社会生活においてご本人の苦痛が大きいことが特徴です。
社会で働きはじめると、「ミスをたくさんする」、「約束を忘れる」、「集中できない」などが原因で注意されることが続いて、周囲から信頼を得にくいために自信をなくし、「自分の性格が悪いのでは」「自分のなまけでは」と悩まれて、生きにくさを感じるようになります。
その結果、うつ状態や不安障害になったり、
お酒でストレスを解消してアルコール依存症になることもあります。
しかし、それはADHDが元々あったから、かもしれないのです。(心療内科・精神科 佐々木医院さんHPより引用)
発達障害という診断カテゴリーは、解釈や定義が刻々と変化しているためキャッチアップが大変である。
自分はこの領域の専門ではなく、従って精密な分類を覚えて日常臨床に応用しなければ仕事が成り立たない、ということはない。ただ、大まかなキャラクター分類はしている。
患者さんのキャラクター分類については、自分の診療領域である認知症でも「この人はレビーっぽいな」とか、「多分あの人はピックかな?」といったことを普段からしており、その要領で発達障害も眺めている。
重要なのは「正常発達と発達障害の境目は、多くは灰色である」という認識を忘れないように、ということだと思っている。
テストの結果を、処方のためのただの"ラベリング"にしないように
この方の簡易ADHDチェックリストの結果は以下。
「赤枠で囲った部分に4つ以上のチェックが入ると、成人期ADHDの可能性あり」というテストだが、この方は5項目で該当している。
自分はこの結果で、「あなたはADHDですね。ではストラテラを出しますね」ということをするつもりは全くない。
あくまでも「この人はこういうキャラクターなのだな」という大まかな概要を自分が掴むため、そして患者さんに「自分はそのような要素をもっているのだなぁ」と認識して貰うためのテストである。
このようなテストは気をつけておかないと、流れ作業的に処方を行うためのただのツールになってしまう。
これは認知症診療でも同じで、「長谷川式テストで18点ということは、あなたは認知症ですね。アリセプトを出しますね。」としてはならない*1。
自分にとって、診断を付けて薬を出すことは最重要の目的ではない。
診断の結果、その人の仕事や生活がうまく回るように、どのようなアドバイスが出来るかが重要だと思っている。薬は、その為のツールの一つに過ぎない。
今回の方は、現在のかかりつけ医への遠慮があるとのことで、当院からの情報提供書はご希望されなかった。また、かかりつけ医から処方されていたサインバルタに一定の効果を実感されていたので、当院から新たに何かを処方する必要はなかった。
「成人期ADHDの可能性が高い」という当方の説明には、ご本人も奥さんも深く納得するところがあった様子。そして「職場への診断書を提出して業務負担軽減を図って貰いましょう」という提案は、とても喜んで頂けた。
追加として、脳萎縮の左右差には気をつけておく必要があったので、*2
「何か変化があったら、すぐ来て下さいね。」
と声掛けはしておいた。
青木 省三
医学書院
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