鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【症例報告】不眠を伴う夜間せん妄時の対策について。

今回は、度重なる入院を切っ掛けにせん妄のスイッチがonになってしまった80代後半の女性を紹介する。

 

熱心な娘さんと細かいやり取りをしながら、介入74日目の外来で一定の評価を頂いた。結論を先に書くと、「テトラミド4mg」に辿り着くまで74日かかった、ということである。

 

ところで、せん妄の治療を行う際には【ベンゾジアゼピン系の眠剤を使用していたら、とりあえず中止する】という対処法が、一般的には支持されている。

 

それだけで上手くいくケースは実際には少ないが、もしベンゾジアゼピン系を内服していたらひとまず止めてみるのは手ではある。

 

では、

 

【ベンゾジアゼピン系を内服していない高齢者が夜間せん妄で眠れない場合】

 

に、睡眠対策としてベンゾジアゼピン系の眠剤は使ってよいものかどうか。

 

今のところ自分は、【他剤と組み合わせる】という条件付きで、ベンゾジアゼピンを使用している。*1

 

「他剤」とは主に、以下の薬剤である。

 

  • 抑肝散or酸棗仁湯
  • クエチアピン
  • トラゾドン
  • テトラミド

 

ここに、リフレックス(レメロン)を加えても良い。漢方薬は非力に思われがちだが、「夕食前で抑肝散、眠前で酸棗仁湯2包」といった用法は試してみる価値はある。

 

ウインタミンやセレネースを使用することも勿論あるが、特に睡眠を意識したせん妄解除を狙うなら上記薬剤の出番の方が今のところ多い。

 

クエチアピンは抗精神病薬でトラゾドンとテトラミドは抗うつ薬だが、これらの薬よりもベンゾジアゼピン系の眠剤の方が安全ということは別にない。依存性のことを考えると、ベンゾジアゼピン系眠剤の方が圧倒的に不利ですらある。

 

もしクエチアピンやトラゾドンだけで眠れるなら、ベンゾジアゼピンは不要である。

 

ベンゾジアゼピン系にしろ非ベンゾジアゼピン系にしろ、「脳の覚醒をストンと断つ」という意味では同じで、ストンと意識を断たれた脳はせん妄を起こしやすくなると自分は考えている。

 

これは、認知症高齢者に限らず、若い人でも時に起きることである。*2

 

80代後半女性 アルツハイマー型認知症

 

初診時


(現病歴)

X-10年、アルツハイマー型認知症の診断を受け、抗認知症薬が開始となった。

 

X-6年、娘さんと同居開始。

 

X-1年9月〜12月にかけて複数回入院。その頃から夕方症候群、幻視、屋内徘徊が始まった。

 

娘さんの判断で、内服中だったドネペジル5mgや抑肝散3P3X、クエチアピン25mg、眠前ベルソムラなどの薬を止めてみたが状況に改善がなく、毎晩朝方までうろうろされ娘さんは疲弊の極み。

 

訪問看護の看護師から当院受診を勧められ来院。

 

(診察所見)
HDS-R:6
遅延再生:0
立方体模写:不可
時計描画テスト:不可
IADL:0
改訂クリクトン尺度:30
Zarit:23
GDS:1
保続:あり
取り繕い:ありあり
病識:なしなし
迷子:あり
DLB中核症状: 2/4
rigid:なし
幻視:あり
FTD中核症状: 3/6
語義失語:あり
頭部CT所見:海馬萎縮 軽度DESH
介護保険:要介護4
胃切除:なし
歩行障害:あり
排尿障害:頻尿
易怒性:あり
過度の傾眠:なし

(診断)
ATD:◎
DLB:
FTLD:
その他:

(考察)

 

明るく取り繕い続け病識はなく保続がある典型的なATD。10年の経過で6/30までHDS-Rは低下。認知症の診断を受けた時点でのHDS-Rは不明。

 

短期間で立て続けに入退院したことが切っ掛けとなったか。

 

上肢にrigidがないことを確認し、夜間せん妄対策でセレネース0.375mgを開始。


睡眠対策はニトラゼパム5mg。まずは1週間。こまめに連絡をとりながら取り組む。娘さんは「藁をも縋る思いで来ました」と必死の面持ち。

 

介入+1日目

 

(娘さんにTEL)


昨晩の様子伺ったところ、「全く変わらなかった」とのこと。

 

セレネースを19~20時くらいに飲んで、20:30にニトラゼパムを内服。床に入ったのが20:30だがごそごそし、22:30にはスイッチがはいったように起きて妄想発言。2時くらいには一旦寝たようだが、恐らく完全に寝たのは朝方4時くらいかなと。


ニトラゼパム5mgを飲んで1時間くらいはボーっとしていたようでこのまま寝てくれるかと思ったがダメだったと。

 

ベルソムラとの違いは、よくわからない。ベルソムラも開始当初は効いていたようだが、最近は効果なしだったと。


院長指示にて、今日はセレネースを半錠→1錠(0.75mg)を試してもらうようお伝えした。(スタッフ記載)

 

介入+2日目

 

(娘さんにTEL)


セレネースを0.5T→1Tにして22時過ぎ~6時まで起きることなくぐっすりだったようだ。

 

このままいってくれればいいが、前日あまり寝ていないこともあって熟睡だったのかもしれない。今日、明日の様子をみてご連絡しますとの事。(スタッフ記載)

 

介入+4日目

 

セレネースを1Tに増やした日から2日間はよく寝てくれたが、昨晩はずっと起きていて、今もまだ家で起きていると。

 

昨日訪リハが入ったが、「身体の動きがとても良い」とPTが褒めていた。

 

また、セレネース開始以降は目が据わったような感じになることが減ったとのこと。

 

セレネースは1Tのままでロゼレムを加え、その2時間後でニトラゼパム7.5mgという組み合わせを試す。適宜電話連絡を。

 

介入+7日目

 

(娘さんにTELL)


前回処方日は、処方分で睡眠良好だった。しかし、翌朝は傾眠が強く、呂律もまわらない感じだった為、その日の夜からセレネースは休薬していると。

 

夜中トイレに行く時にフラツキがあるとの事。 セレネース休薬のまま、ニトラゼパムを1錠にしたりロゼレムを半錠にする等、ご家族で調整をお願いする。(スタッフ記載)

 

介入+10日目

 

(娘さんからTELL)

 

今日は3ヶ月ぶりにデイサービスを利用できたと。状況は好転してきたのか。(スタッフ記載)

 

介入+18日目

 

セレネースで身体の固さ、指示の通りにくさが出てきたように感じた娘さんの判断で、この4日ほどはセレネースを切っているが、熟眠できている。凡そ8時間と。

 

「とてもうれしいです」と娘さん。


今回は2週間分処方。

 

介入+22日目

 

(娘さんよりTEL)


3日前から21時過ぎに薬を飲んでも0時頃まで起きている。寝つきが悪い。

 

日中ウトウトする事もなく起きている。呂律が回らない感じがあり、薬を服用時など水分が口元から垂れる。どうしたら良いかとのお問い合わせ。

 

院長確認にて、久しぶりにセレネース0.75mgを1錠夕食後に服用していただく。(スタッフ記載)

 

介入+24日目

 

セレネース0.375mgで1週間いってみましょう。筋強剛が気にはなるが、今は悪循環を断ち切るためと割り切ろう。

 

1週間連続で成功したら、クエチアピン37.5mgに置き換えてみるか。または、テトラミドかトラゾドンか。難しい。

 

介入+28日目

 

(娘さんよりTEL)


本日デイへ行く際、膝折れがあり歩くのが大変だった。

 

寝つきもあまり良くなく、夜中も起きてゴソゴソ雑誌を見たりして起きている。このまま様子をみた方が良いかのお問い合わせ。ご心配なら明日でもご家族に来院頂き薬剤調整しましょうとお伝え。(スタッフ記載)

 

介入+31日目

 

ニトラゼパム内服は大体21時前後だが、実質的に睡眠に入っているのは恐らく夜中2~3時。

 

咀嚼が上手くいかず舌がもつれるとのこと。これはセレネースの影響だろう。


セレネースは中止してテトラミド20mgに置き換える。ロゼレムも中止。

 

「お店に行かないと」と夕方症候群が、かなり強烈なようだ。

 

介入+29日目

 

(娘さんよりTEL)


昨日セレネース0.375mgからテトラミド20mgに変更となった。

 

昨晩は22:30~5:00まで寝て、今朝起きるもボーっとしたまま一言、二言発してまた寝た。「今晩はどうしたらいいでしょう?」との質問。

  

院長に確認し、今晩からテトラミド20mg→10mgに減らしてもらうよう伝えた。

 

介入+36日目

 

テトラミド20mgを使用したのは初日だけで、その後は10mgも試すことなく中止のまま。20mg初日の様子が怖かったのかな。

 

ニトラゼパムを0.5~1T、もしくはゼロで対応中。睡眠時間はかなり稼げるようにはなったが、幻視や指示入力不可は目立つと。


昨日は指示が入ったのでデイサービスに行った。幻視は何かを娘さんに渡そうとする行動が主体で、害はないと。

 

夕方ロゼレムを復活させ、ニトラゼパムは0.5T単位で調整し極力使わない方針で。

 

介入+46日目

 

今日の本人の様子は初診時と変わらない。当方のことは「覚えている」と言ってくれたが、さて。

 

睡眠時間は、ロゼレム+ニトラゼパム2.5~5mgでほどほどとれている。これは初診時とは比較にならない。

 

今の娘さんの希望は「0時あたりで亡くなった親姉妹のことを想い出して不穏スイッチが入るのが何とかならないか」と。

 

テトラミドを5mgに減量して再挑戦。

 

X年3月22日 介入+50日目

 

(娘さんよりTEL)


18日の夜テトラミド5mg内服したら 4時間(23時~3時)は眠れたが歩行が出来ず指示が入らなくなった。

 

食事もとれない状態だったので19日以降はロゼレム+ニトラゼパムのみ内服。6時間眠れた(21時~3時)

 

20日は22時~6時まで眠れたが21日は2時~4時半しか眠れなかった。テトラミド10mgを1/4に割るのは可能とのことで、次回予約日までは2.5mgで内服して様子をみていただくようお伝えする。(スタッフ記載)


X年3月25日 介入+53日目

 

テトラミド2.5mgで、6時間前後は眠れるようになったかな。


22日かと23日は成功、24日は夜中3時に寝て6時に起床、元気にデイに行った。

 

あと2時間ほど眠れたら、と娘さん。


テトラミド3mgを薬局に依頼。屯用のリスパダール0.25mgも念のために。

 

現在、夕食後にロゼレムとテトラミド、眠前でニトラゼパムの組み合わせ

 

(薬局よりTEL)
リスパダール0.25mgの液剤調整不可と。院長確認にて、0.5mg1本処方し娘さんに目分量でいいので半分量を服用してもらうよう伝えていただく。

 

介入+63日目

 

テトラミド3mgは悪くはないようだ。

 

1週間で、リスペリドン0.25mgを3回使用。0時を越えて起きていたら使う方針だと。

 

リスペリドン服用後、1時間ほどで落ち着いてはくるが、効果は長くないと。昨日だけは夕食後に自分から床につき、21時から朝6時まで薬なしでぐっすりだった。

 

テトラミド4mgを試す。

 

次回受診までの間で、初めてショートステイ2泊を利用予定。果たして上手くいくか。

 

介入+74日目

 

先日、初めてショートステイを2泊利用した。


帰宅願望は軽度で済み、就寝前に娘さんの名前を叫ぶことは二晩連続であったが、おおよそ22時~23時頃で就寝し、ほぼ朝までぐっすり眠れた。

 

この傾向は自宅でも同じで、前回処方の夜から打率はほぼ10割。

 

テトラミド4mgがカギだった

 

これで1ヶ月。娘さんも嬉しそう。良かったですね。
屯用リスパダール内用液の使用は1回だけだった。

 

(引用終了)

 

(最終処方)

 

  1. ロゼレム(8)1T1X夕食後
  2. テトラミド(5)0.8T1X夕食後 4mg
  3. ニトラゼパム(5)1.5T1X眠前
  4. リスパダール内用液 0.25mg屯用

 

(前医処方)

 

  1. ニコランジル(5)3T3X毎食後
  2. ミヤBM3T3X毎食後
  3. 葛根湯3P3X毎食前
  4. 抑肝散3P3X毎食前
  5. ドネペジル(5)1T1X朝食後
  6. クエチアピン(25)1T1X夕食後
  7. ベルソムラ(15)1T1X眠前
  8. ネキシウム(10)1C1X眠前

 

家族とのやりとりで薬を調整

家族からの情報提供があってこそ、薬剤調整も可能となる。

 

*1:近年はロゼレムやベルソムラが使用されることが多いようだが、これらの薬剤だけで上手くいくケースもやはり少ない。

*2:便秘対策や環境調整といった”当然の工夫”については、今回は省略している。睡眠対策としてナイアシンは使いたいだが、フラッシュのことを考えると認知症高齢者にはまず無理だろう。鎮静的に効くフェルガードFは検討の価値ありだが、せん妄時の不眠対策としては非力である。