鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

聴覚情報処理障害(APD)について。

時々だが、若い患者さんからもの忘れの相談を受ける。

 

今回は、 20代男性のAさんの話。赤文字強調部分に注目して読んで欲しい。

 

20代男性 もの忘れの相談

 

(スタッフ記載)

本人よりもの忘れの相談の電話あり。他院を受診するも、医者の説明が良くわからず困っているのだと。


電話で感じる印象は

 

  • 言葉が出てくるのに時間がかかる
  • うまく考えをまとめられない

 

といった点。

 

初診時

 

(既往歴)

特記事項なし

(現病歴)

 

一人で来院。仕事は福祉関係。

 

頼まれ事を忘れたり、仕事で集中力が持続せず困っている。人前では緊張しやすく上手くしゃべれない。診察中には特に吃音は目立たない。

 

近医で相談したところ安定剤が処方されるも効果の実感はなし。他院に紹介されるも医者の説明が良くわからなかった

 

(診察所見)
HDS-R:30
遅延再生:6
立方体模写:可
時計描画テスト:可
IADL:5
改訂クリクトン尺度:ー
Zarit:-
GDS:11
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
DLB中核症状: 0/4
rigid:なし
幻視:なし
FTD中核症状: 0/6
語義失語:なし
頭部CT所見:特記所見なし
介護保険:なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:なし
過度の傾眠:なし

(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:
その他:

(考察)

 

SDSは45/80で抑うつ傾向かもしれないが、Global Ratingが2/5と自覚他覚で乖離がある。


他院より取り寄せた頭部MRIは特記所見なし。

 

発達障害スコアは、自己採点では引っかからない。しかし、見るからに注意欠陥はありそう。


ひとまずストラテラとコンサータに関する資料を提供し、参考書籍も紹介。書籍に書かれた工夫を仕事に取り入れて貰い、それでも困難と感じるようなら服薬を検討しましょうと説明した。

 

納得出来たのか?怪訝な表情のまま診察は終了した。

 

2ヶ月後

 

本人よりTEL。


「人前に出ると、どもってしまう。また説明を聞きたい。明日説明して欲しい」と。明日は祝日で休診だとお伝えした。(スタッフ記載)

 

3ヶ月後

 

  • セルトラリン25mg
  • スルピリド2T2X

 

他院で3ヶ月前から上記を内服中とのこと。効果は・・・。良くわからないのかな。説明出来ないようだ。

 

今回は、頭痛の相談のようでいて、実はストラテラかコンサータを試したいということのようだ。

 

  • 毎日必ず何かを忘れる
  • 新しいことを覚えたら、何かを必ず忘れる
  • 段取りが出来ない

 

ストラテラやコンサータを飲んでみたいが、病院を受診していることや自分が悩んでいることは、親や職場には伝えていないと。

 

職場の上司に相談して、仕事上の弱点を列挙して貰いましょう。こっそり薬を飲んでも、他者に効果判定されなければ自己満足で終わるかもしれない。副作用の観点からも客観的な視点を持つ第三者がいた方がよい、と話すと納得したようなしないような・・・。

 

日中の眠気を強く感じたり、他者から居眠りを指摘されることはないようだ。使うならストラテラかな。

 

カーミンのサンプルを進呈。採血も。

 

1ヶ月後

 

採血結果を説明。鉄タンパク欠乏など、栄養上の大きな問題はなさそう。

 

前回提案したことは結局、何も実現できていない。そもそも、理解できていたのかどうか。

しかし、本人の服薬希望は強い。ストラテラ10mg開始。カーミンは効果の実感はなかったと。

 

ストラテラ処方から2週間後

 

予約時間に大幅に遅刻するも、悪びれる様子はない。

 

ストラテラ10mgで眠気を感じる?
副作用の訴えとしては微妙。感じたメリットはないと。

 

相談した結果、20mgに増量。


工夫が優先と伝えるが、眉をしかめながら聴いているようで、明らかに頭に入っていない様子がありありとわかる。

 

次回は電話予約で。

 

前回受診から5ヶ月後、初診から約1年後

 

友人からコンサータを勧められたとのことで、唐突に来院。

 

いつものように、困ったような表情で入室。考え込むような表情でずっと聞き、ツーテンポぐらい遅れて首をひねり続けている

 

お困り事は以下。

 

  • ダブルタスクが処理できない
  • 職場への忘れ物が多い
  • 人間関係が上手くいかない
  • 集中して人の話を聞けない

 

前回処方したストラテラ20mgの手応えについては記憶にないのか、首をひねり続け説明出来ず。

 

自立支援申請も一人では難しいだろう。家族の支援が欲しい。

 

(引用終了)

 

APDは発達障害のバリエーションの一つと考えると理解しやすい

 

Aさんには一見して発達の凹凸があることは分かったが、耳をこちらに近づけて必死に聞き取ろうとしている様子は、これまで観てきた発達障害の患者さん達とは明らかに異なっていた。

 

注意欠陥由来であれば

 

  • 茫洋として耳に入っていない
  • 明るく対応しながらもすぐに記憶から消えている

 

という印象が強く、自閉であればコンタクトそのものが取りづらい。しかしAさんはそのどちらの印象でもなかったのでこちらも混乱したのだが、先日ある記事が目に留まり「なるほど・・・」と理解出来た。

 

medical.jiji.com

 

 

職場で上司の指示を何度も聞き間違う、テレビの音も字幕がないと分からない、耳が悪いのかと思って耳鼻科を受診しても聴力には問題がない―。このように、聞こえは正常なのに内容が聞き取れないという症状は、聴覚情報処理障害(APD)の特徴だ。ミルディス小児科耳鼻科(東京都足立区)の平野浩二院長は「APDは認知度が低く、なかなか理解されない病気です。自分がAPDだと知らずに生活している人も多いはずです」と話す。

 

〜中略〜

 

発達障害とも密接な関係があり、「成人のAPDの74%に発達障害があったという報告もあります」と平野院長は説明する。

 

(上記リンク先より引用)

 

Aさんは「発達障害と合併した聴覚情報処理障害」なのかもしれない。

 

上記リンク先ではAPDの74%に発達障害が合併しているとのこと。また、「45名の成人APD患者のうち、71%にADHDやASDが合併していた」という報告*1もあり、相当な高確率でAPDと発達障害は合併しているようだ。

 

ここまで合併率が高いとなると、「発達の過程で聴覚領域にトラブルが起きるとAPDになる」、つまりAPDも発達障害のバリエーションの一つと考えた方が自然ではないだろうか。 具体的には「幼少期に側頭葉でのシナプス刈り込みがうまくいかなかったことが背景にある障害」を想定している。

 

発達障害の「学習障害(LD)」というカテゴリでは現在、読解困難にはディスレクシア、数学困難にはディスカルキュリア、書字困難にはディスグラフィアと名称が付与されている。

 

学習障害(がくしゅうしょうがい、Learning Disability, LD)は、単一の障害ではなくさまざまな状態が含まれる。医学、心理学、教育学の分野にまたがって研究が進められ、それぞれで若干概念が異なっている。バランス感覚を欠き、身体の協調運動の困難を合わせ持つ子も多いため、リハビリテーション医学の分野でも研究が行われている。

種類には、読解(ディスレクシア)、数学(ディスカルキュリア)、書き取り(ディスグラフィア)などがある。(Wikipediaより改変引用)

 

聴覚情報処理困難に名称を付与するとなれば、dysauditoria(ディスオーディトリア)だろうか。APDは、いずれはLDの下位概念に包括されていくのかもしれない。

 

「ケーキの切れない非行少年たち」という本で紹介されている、計算が出来ず漢字も読めない非行を起こしやすい子どもたちの中にはAPDの子たちも相当数含まれているのだろう。

 

「何度おなじ事を言わせるんだ!」と大人から怒られる子どもたちの中に、一定数APDの子がいるかもしれないと思うと切ない。彼らは懸命に聞こうとしているかもしれないのに、脳が上手く作動せずに事実上聞けないのだから。

 

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Aさんの今の仕事は、複数のスタッフと口頭でコミュニケーションを図りながら安全なサービスを客に提供するというもので、APDの人に向いているとは言えない。オーラルコミュニケーションを前提としない、例えば仕様書を元にプログラミングするなどの仕事がいいのかもしれない。

 

このことは、次回もしAさんが来院してくれたら伝えようと思う。

 

ただし、「口頭」のみではなく「筆談」を交えながら。*2

 

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www.ninchi-shou.com

 

 

*1:小渕 千絵 音声言語医学 56:301-307,2015

*2:大幅に時間をとりそうなので、前後で予約を調整したいところだが、恐らく彼は飛び込みで来るのだろう。