鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【症例報告】抗うつ薬による軽度のセロトニン症候群と思われた高齢女性。

 

今回紹介するのは80代前半の女性である。

 

高齢者の入院中にSSRI(抗うつ薬)が処方され、退院後もそのまま継続されているケースをちょくちょく見かける。

 

処方医にいちいち確認することはないが、恐らくは入院中の意欲や活気の低下をからうつ病、またはうつ状態と診断してSSRIを出しているのだろうと想像している。

 

経験上、このようなケースでSSRIが奏功することはほとんどなく、試すにしても入院中だけで退院後も継続した例は記憶にない。

 

抑うつ的で、かつ「不眠、食欲低下、どこかしらの痛み」を訴える方であれば、SSRIよりもリフレックス7.5mg程度の方が好感触である。

 

ちなみに入院患者の抑うつに対する一番の薬は、「早く自宅に帰ること」である。

 

入院中の元気がない状態を「抑うつ的」と表現することは出来ても、それ即ち「セロトニンが減っているうつ病」とは出来ないし、そもそも、うつ病に対するSSRIの効果は非常に限定的である。

 

パキシルに代表されるSSRIは、「錯乱、幻覚、せん妄」の副作用に要注意の薬である。うつ病だけでなく、社会性不安障害や全般性不安障害に対しても処方されるが、特に高齢者では少量でも焦燥感が強く惹起され、逆に不安が強まってしまうことがある。

 

急激発症でもないし、こちらが確認出来るほどの酷い自律神経症状を伴っていたわけでもなかったが、今回紹介する方はSSRI長期使用による広義の「セロトニン症候群」だったのではないかと思う。

 

80代女性 抗うつ薬で興奮

 

初診時

 

(現病歴)

 

2年前に脳梗塞でA病院入院中にせん妄が出現。

 

B病院の認知症専門外来を入院中に受診し脳血管性認知症と診断された。A病院に戻り、メマリーとレクサプロが開始となった。効果は不明。A病院を退院後は娘さん夫婦と同居している。

 

ここ半年で認知機能低下が気になると娘さん。自宅トイレの場所が分からない、夕方以降の帰宅願望、娘さんの姿が見えないと不安、などなど。

 

不安になると住んでいる高層マンション上階からエレベーターを使わず階段で下まで降りるので転倒が心配。デイサービスは週2回利用しているが、帰宅後に一人でウロウロしているところを近所の人が発見して連れてきてくれたこともあった。

 

見るからに落ちつかず、ソファーに座ろうともしない。

 

(診察所見)

HDS-R:施行できず

遅延再生:施行できず

立方体模写:不可

ダブルペンタゴン:不可

時計描画テスト:不可

中心線:不可

IADL:2

改訂クリクトン尺度:27

Zarit:11

GDS:3

保続:なし

取り繕い:なし

病識:あり

迷子:あり

DLB中核症状: 1/4

rigid:なし

幻視:なし

FTD中核症状: 0/6

語義失語:-

頭部CT所見:右視床と放線冠に梗塞痕

介護保険:要介護4

胃切除:なし

歩行障害:左片麻痺

排尿障害:頻尿

易怒性:なし

過度の傾眠:あり

 

(診断)

ATD:〇

DLB:

FTLD:

その他:VaD

 

(考察)

 

ATD+VaD(アルツハイマー+脳血管性)かな。

 

非常に落ち着きがなくHDS-Rは途中で中止。「早く帰ろう~早く帰ろう~」と診察前から娘さんに言い続け娘さんはイライラ。途中で本人は退室してもらい、待合室で看護師が付き添っている間に娘さんとだけ話す。

 

現在、B病院の脳神経内科に3ヶ月おき通院している。メマリー10mg+レクサプロ10mgはどうも怪しい。いずれも2年前の入院時せん妄以降開始となったようだが、薬はずっと同じで変化なしとのこと。外来は毎回、「変わりないですね?ではいつものお薬を出しておきます」のようだ。

 

調整が必要と思われるが、次回の受診は2ヶ月後だと。本人は特にB病院への拘りはないようだが。ご希望であれば転医は可。

 

娘さんの焦りを強く感じる。ひとまず抗不安作用を期待してメイラックス0.25mgを2週間試す。メイラックスの反応をみてチアプリドの検討は必要かな。娘さんにはレクサプロ10mgを5mgにカットして貰う。

 

2週間後

 

今回は非常に丁寧に挨拶をされ、診察室でも落ちついて座って待っていられた。レクサプロ減量、メイラックス開始が効を奏したか。

 

自覚的には身体が軽くなった*1ようで、娘さんから見ても落ちついてきた印象だと。最近移った新しいデイサービスでは興奮があるようだが、これは時間をかけるしかないかな。

 

今回は、飲み方は朝のままで6週間処方に対応させる。

次回から全ての薬剤を引きつぐ。

 

帰りも丁寧に頭を下げて帰られた。

 

6週間後

 

デイにも慣れたようで、見事に落ちついた。夜間はトイレに起きることなくぐっすり。

 

初診時のせわしなさは微塵も無くなったが、やや鎮静がかかっているイメージあり。

「眠いですか?」と問うと、「寝てませんよ、起きてますよ」と答えてはくれるが。

 

一旦メイラックスは終了で。

 

今回から処方を完全に引き継ぐ。H2ブロッカーのファモチジンはレバミピドに置き換える。レクサプロは5mgから2.5mgに減量して次回終了予定とする。

 

4週間後

 

大分落ちついた。娘さんの焦りも消えたかな。

 

メイラックス終了で傾眠はなくなり、夜は21時頃で自然な睡眠に入ることが出来ている。

レクサプロは終了にする。

 

眼脂に抗生剤入り点眼薬。便秘時に麻子仁丸を一包屯用で。

 

4週間後

 

ややぼんやりしているが、話はしっかり聞いている。

娘さんが便秘を疑う話をすると、問われずとも「いいや、私は大丈夫」と返すので話はちゃんと聞いているのかな。

 

洗濯物をキチンとたためるようになった。娘さんが気づかない仕上がりの乱れも指摘することに娘さんはビックリ。「良くなっています!」と。

 

今回は処方維持。メマリーは減量でも良さそうだが、もうしばらく様子をみる。

 

(前医処方)

 

  1. クロピドグレル(75)1T1XM
  2. ファモチジンD(20)1T1XM
  3. オルメサルタンOD(20)1T1XM
  4. カルフィーナ(1)1T1XM
  5. アムロジピンOD(2.5)1T1XM
  6. レクサプロ(10)1T1XM
  7. ゼチーア(10)1T1XM
  8. メマリーOD(10)1T1XA

 

(最終処方)

 

  1. クロピドグレル(75)1T1XM
  2. オルメサルタンOD(20)1T1XM
  3. カルフィーナ(1)1T1XM
  4. アムロジピンOD(2.5)1T1XM
  5. ゼチーア(10)1T1XA
  6. メマリーOD(10)1T1XA
  7. レバミピドOD(100)2T2XMA

 

(引用終了)

 

 

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*1:ベンゾジアゼピン内服後に「体が軽く感じるようになった」とか「動けるようになった」と患者が言った場合、それは効いている証拠。