進行性核上性麻痺(PSP)とは、
- 垂直方向の眼球運動障害
- 姿勢障害による易転倒性
- 頚部体幹優位の固縮や寡動などのパーキンソン症状
- 認知機能低下
などを主症状とする、進行性の神経変性疾患である。
「目は見開き気味で認知機能低下があり、身体は固い。首を後ろに反らし、歩き方はぎこちなく転びやすい」という方を診たときには、他の変性疾患を除外しながらPSPを疑うようにしている。
PSPの診断基準について
1.主要項目
(1)40歳以降で発症することが多く、また緩徐進行性である。
(2)主要症候
①垂直性核上性眼球運動障害(初期には垂直性衝動性眼球運動の緩徐化であるが、進行するにつれ上下方向への注視麻痺が顕著になってくる。)
②発症早期(おおむね1~2年以内)から姿勢の不安定さや易転倒性(すくみ足、立直り反射障害、突進現象)が目立つ。
③無動あるいは筋強剛があり、四肢末梢よりも体幹部や頸部に目立つ。
(3) 除外項目
①レボドパが著効(パーキンソン病の除外)
②初期から高度の自律神経障害の存在(多系統萎縮症の除外)
③顕著な多発ニューロパチー(末梢神経障害による運動障害や眼球運動障害の除外)
④肢節運動失行、皮質性感覚障害、他人の手徴候、神経症状の著しい左右差の存在(大脳皮質基底核変性症の除外)
⑤脳血管障害、脳炎、外傷など明らかな原因による疾患
(4) 診断のカテゴリー
次の3条件を満たすものを進行性核上性麻痺と診断する。
①(1)を満たす。
②(2)の2項目以上がある。
③(3)を満たす(他の疾患を除外できる。)
(難病情報センターより引用)
これは難病情報センターから引用したPSPの診断基準であるが、実は2017年にPSPの診断基準が新たに発表されている。
Clinical diagnosis of progressive supranuclear palsy: The movement disorder society criteria. - PubMed - NCBI
これまでの規準との主な違いは
- 主要項目(必須項目)に「狐発性」が加わった
- 主要症候(中核症状)に「認知機能障害」が加わった
この2点。
PSPの中核症状を【O:眼球運動障害 P:姿勢の不安定性 A:無動 C:認知障害】の4領域に分け、更にこの4領域を各々3つに分類するという細かさ。
ついていける気がしないが、一応列挙しておく。
(O:眼球運動障害)
O1: 核上性水平方向性眼球運動性制限
O2: 水平方向眼球運動が緩慢
O3: square wave jerks または開瞼失行
(P:姿勢の不安定性)
P1: 発症3年以内、易転倒性
P2: 発症3年以内、pull-testで転倒
P3: 発症3年以内、pull-testで2歩以上下がる
(A:無動)
A1: 発症3年以内のgait freezing
A2: 頚部体幹優位で、レボドパへの反応性が乏しいParkinsonism(akinetic-rigid)
A3: 振戦がある、または非対称性の、レボドパに反応するParkinsonism
(C:認知機能障害)
C1: 進行性非流暢性失語または進行性の発語失行
C2: 前頭葉性の認知行動機能障害
C3: CBS
これらに、更にL-DOPAへの反応の有無や嚥下障害の有無などを加えて診断することが推奨されている。
典型的なPSPとはPSP-RS(リチャードソン症候群)のことだが、RS以外にもこれまで複数の亜型が報告されている。新たな基準のもとで、PSPは
- PSP with Richardson's syndrome(PSP-RS)
- PSP with progressive gait freezing(PSP-PGF)
- PSP with predominant parkinsonism(PSP-P)
- PSP with predominant frontal presentation(PSP-F)
- PSP with predominant ocular motor dysfunction(PSP-OM)
- PSP with predominant speech/language disorder(PSP-SL)
- PSP with predominant CBS(PSP-CBS)
- PSP with predominant postural instability(PSP-PI)
この8つにまとめられている。*1上記の4つの中核症状を組み合わせて、例えば
(O1またはO2) かつ (A2またはA3)=PSP-〇〇
のように診断するとのこと。
システマティックとは言えようが、これだけ分類が多岐にわたると「本当に鑑別できるのかよ・・・」という想いと「そこまで鑑別することに意味があるのか?」という想いが同時に涌いてくるところに、自分の限界を感じる。
将来的には、もう少しシンプルに収斂されていくことを期待します<(_ _)>
自分に出来るのはせいぜい
- PSPの約半数と言われる典型例を取りこぼさない(RS)
- すくみ足をみたら一応気にする(PSP-PGF)
- パーキンソン病をみたら一応気にする(PSP-P)
- CBDをみたら一応気にする(PSP-CBS)
これぐらいである。
標準治療というものが存在しない(≒治療薬が存在しない)PSPに対しては、アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などと拙速に診断して、抗認知症薬や抗パーキンソン薬を大量投入しさえしなければよいと考えている。
少なくとも臨床医としての自分は、最初に「PSP!」と正診出来なくても別に困らない。あとで「そうだったか・・・」と気づいても、気づくまでの間におかしな治療をしていなければよいと割り切っている。
70代女性 レビー小体型認知症→PSPへ移行?
上は、4年前が初診の70代女性(NFさん)の写真である。
- 明瞭な幻視
- 歯車様の筋固縮に小刻み歩行
- 認知の変動
- 大声で寝言
といった症状から、レビー小体型認知症と診断した。ただし、
- スイッチ易怒
- 家族の姿が見えないと逆上
- オウム返しに感じる常同性
- 理由のない不機嫌さ
- 軽度の語義失語
などの症状もあったため、単純なレビーとは考えずに経過を診ていくことにした。これは、コウノメソッドでいうところの「LPC(Lewy-Pick-Complex)」という概念に基づいての判断である。
行ってきた治療は、2.25~4.5mgのリバスチグミン貼付と100~250mgのレボドパ内服、スイッチ易怒に対して3~12mgのウインタミン内服、そしてグルタチオン点滴療法。
初期のグルタチオンへの反応は素晴らしく、小刻みすくみ足が著明な状態で来院し、点滴後はスタスタ歩いて帰るということが、かなりの期間にわたって続いた。
病状は徐々に進行し、初診から3年経過した時点でグルタチオン点滴は終了にした。今は、頚部後屈がかなり進行し、垂直方向への眼球運動障害及び左上肢の屈曲拘縮を強く認め、全介助に近い状態で施設で暮らしている。
今のNFさんの状態が進行したレビー小体型認知症なのか、それとも最初からPSPだったのか自分には分からないが、頚部後屈と垂直眼球運動障害を重視するならば、PSPとしてよいとは思う。
ではもし、最初にPSPと診断していたら治療方針は変わっていたかと言えば、それはないと断言できる。全くと言って良いほど同じ治療をしていただろう。
bv-FTDをATDと誤診したら、マズイ結果に繋がるだろうことは誰にでも分かる。そのマズイ結果を引き起こすのは、ほぼ確実に抗認知症薬である。
変性疾患(認知症)の治療を「十分な量の抗認知症薬や抗パーキンソン薬で治療」しようとすればするほど、誤診が重大な事態に繋がる。
誤診を完全に回避することは不可能なので、ならばせめて誤診しても重大な事態に繋がらない工夫をするしかない。そして、その工夫はそんなに難しいことではない。
「ヨーイドン!!」で全ての症状が一斉に始まる変性疾患はない
このことだけ覚えておけば、何とかなる。(多分)
初診時に何らかの違和感を感じたら、それをカルテにちゃんと書きとめておく。そして、変化を感知するセンサーの感度を高く保ちながら、「経過中に診断が変わるかもしれない」ということを念頭に置きつつ丁寧に診ていく。
そうすれば、あとは患者さんが教えてくれる。
進行性核上性麻痺(PSP)+特発性正常圧水頭症(iNPH)の治療報告 - 鹿児島認知症ブログ
進行性核上性麻痺(PSP)の画像所見について。 - 鹿児島認知症ブログ