Kさんと同じ職場で働くAさんは、Kさんが発達障害に違いないと確信していた。
Aさんや周囲のスタッフは様々な提案や指導をKさんに行ってきたけれども改善がなく、職場全体が困っていた。
そこでAさんは、職場が困っている彼の特性や仕事ぶりを列挙した情報提供書を書いて、Kさんに確認をとった上で、自分のかかりつけである当院を受診するよう勧めたのだった。
20代男性 ASD>ADHDの発達障害
初診時
(現病歴)
大学を中退後、介護福祉士の資格を取得。現在勤務している介護事業所からの紹介で来院。
日中の眠気があるとのことだが、「仕事で困るほどですか?」と聞くと、「そこまではないです。」との答えだった。
日中の眠気は子どもの頃からの特徴で、授業中に居眠りをしては教師から怒られ、また、忘れ物も多かったとのことだった。
職場からの情報提供書には、
- 申し送りの最中に寝る
- 食事介助中や、おむつ交換時にも寝てしまう
- 注意されている時にも寝てしまう
- こだわりが強く、周囲の空気が読めず融通が利かない
- 仕事の優先順位がつけられず、他のスタッフのフォローが必要
- 朝は自分で起きられない
などと書かれていた。
茫洋とした印象で訥々と喋るが、要領を得ず話に脈絡がない。診察中の多動は目立たないが、人の話を最後まで聞けずに途中で割り込む傾向は認めた。その他、衝動買いをするとのことであった。
注意欠陥優性のADHD>軽度自閉にナルコレプシーの合併か。
職場からの情報提供書には、良い点として
- 一つ一つの作業は丁寧
- 利用者さんへの思いやりはある
が挙げられていた。
自立支援申請の手続きを説明し、コンサータ18mgを開始。
次回は採血で栄養状態を確認し、今の生活状況などをもう少し詳しく聴取する。
実家住まいなので、出来れば一度は親同伴をお願いしたいが。本人に聞くと、「うーん」と。難しいかな。
本人の同意を得て、職場に情報提供書を作成した。
この度は、〇〇様の普段の状況をご連絡下さり誠にありがとうございました。 この情報提供書は、〇〇様のご了解を得てお送りしております。
一見して眠そうな茫洋とした印象で、受け答えは丁寧ではあるものの要領を得ない返事が多く認められました。 頭部CTで脳に器質的な病変は認めませんでしたが、発達障害のうち注意欠陥障害と自閉、そして突発睡眠のナルコレプシーが共存していると思われます。幼少時のエピソードも重要ですが、ご本人から聞ける限りでは、子どもの頃から現在のような傾向は見られていたようです。
注意欠陥障害の方には、一つの仕事に集中して貰う環境作りが重要です。介護職はどうしても周囲への気配りや注意配分を複数同時に進行させながら仕事を片付けていくことが求められます。
周囲のスタッフと同じレベルで仕事をして貰うことは困難と思われますが、出来る範囲で結構ですので環境整備をお願いいたします。時間を区切って一つ一つ仕事を片付けることで注意散漫になるのを防げるかもしれません。 その工夫が行われる前提で、ご本人の同意を得てコンサータという集中力を高める薬を内服して頂くことになりました。
副作用として頭痛や消化器症状にご注意下さい。何か変化がございましたら、またご連絡を頂けましたら幸いです。みなで見守っていくことが大切だと思います。 以上ご報告申し上げます。この度は御紹介ありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
2週間後
予定の診察日に現れず。*1
1ヶ月後
その後、数回電話をするも連絡が取れない。
ちょうど来院していた紹介者のAさんに、Kさんあての伝言をお願いした。
以下、Aさんからの聴き取り情報。
Kさんですが、コンサータ服用後から見違えるように仕事がはかどるようになりました。
本人はあまり自覚がないようですが、周囲からの指示が入るようになり、また、指示がなくても自分から仕事を見つけ出来るようになり、職場のスタッフは皆で喜んでいます。
ただ、最近は薬がきれたせいか、またウトウトが増えてきました。受診を勧めているのですが・・・・
初診から7週間後
予約なしの飛び込み受診。約2ヶ月ぶり。
コンサータ服用後、眠気は半分ぐらいに減ったと。
周囲から「良くなっているよ。優先順位がつけられるようになっているよ。」と言われたとのこと。
本人は、「僕が薬を飲んでいることは、周りは知らないと思うけど・・・」と。前回受診後に、当院から職場に情報提供書を職場に送ったことを忘れているようだ。
自立支援申請の診断書をお渡しした。
コンサータは18mgで維持とし、18日分処方。
本人が効果を強く実感出来るかどうかが、継続のカギとなるだろう。
(引用終了)
性格と障害の線引きの難しさ
ナルコレプシーや眠気がある発達障害者には、経験上コンサータが効きやすい。
Kさんを一目見て「自閉要素は持っているな」と検討はついたが、コンサータが効いてくれて取り敢えずは良かった。自発的通院が今後続くのかは、現時点では何とも言えないが。
薬に対する反応はあるに越したことはないが、それよりも、Aさんのように親身になって心配してくれる他人がいるかどうかが、発達障害者にとっては極めて重要なことである。
発達障害者は家族も発達障害であることが多く、特に成人の発達障害の場合、家族の支援は望めないことが多い。家族の支援が望めないと、栄養療法による改善も望めない。
以前ブログで紹介したことのある注意欠陥の女性は、
www.ninchi-shou.com
その後も結局家族の支援はないまま、就職支援事業所への通所も遅刻が多く当院への通院も忘れがちと、フワフワしながら世間を漂っている。怪しげな団体に絡め取られなければよいのだが。
どこまでが性格で、どこからが「障害」なのか分からないのも悩ましい。
その境界を考え続けることに疲れたら、協力者は次第に遠ざかっていく。
「生きづらければ障害」と呼んでいい*2のであれば、解脱者でもない限りは人類みな発達障害となると思うのだが、生きづらさの自覚は曖昧なことが多く、本人の想い云々より関わる周囲が疲れ果てた結果、半ば強制的に病院を受診させられるケースもある。
これまでは「あいつは空気を読めないヤツだな」と敬遠されてきた人物は、昨今の大人の発達障害ブームを経て、「あいつは発達障害かもしれないな」と思われるようになっているのだろう。
それがいいことなのかは分からない。
受診が本人への適切な支援に繋がればよいとは願うが、関わる家族や仕事仲間の辛さや大変さもまた、外来で発達障害者を診ている自分にとっては見過ごせないことである。
佐藤 恵美
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