鹿児島認知症ブログ

鹿児島でコウノメソッドや糖質制限を実践している脳神経外科医のブログ

【書評】「ボーンブロスでやせる(間ファスダイエット)」を読んで。

 鈴木功先生の「ボーンブロスでやせる(間ファスダイエット)」を読んだ。

 

ボーンブロスでやせる

「ダイエットのための」間欠的ファスティング

 

 カロリー制限や糖質制限を含むさまざまなダイエット法は、短期的にホルモンバランスに働きかける部分があるために有効なのです。それが長期になるとホルモンバランスをくずす根本的な原因が改善されない限りリバウンドしてしまい、むしろ今度はホルモンバランスをくずす原因にさえなるということがわかりました。(p2より引用)

 

何らかのダイエット法で痩せるということは、そのダイエット法がホルモンに働きかけた結果であると、鈴木先生は述べる。

 

糖質の摂取で放出されるホルモンのインスリンは、脂肪を蓄える働きを持つ。これが、インスリンが別名「肥満ホルモン」と言われる所以である。

 

糖質の摂取を少なくすればインスリンの放出も少なくなる*1。インスリンの放出が少なければ脂肪はため込まれにくくなる。

 

低糖質の食事を続けているうちに、身体は余剰脂肪を燃焼させてエネルギーを作り出すようになり、体重が減っていく。

 

これが、糖質制限で体重が減少する大凡の理屈である。

 

しかし、

 

  • 糖質制限でリバウンドしてしまう人
  • 一定の壁を越えられない高度肥満の人
  • 糖質制限を続けているうちに、体調を崩す人

 

上記のような患者さん達がいることに気づいた鈴木先生はある時Dr.Jason Fungの著作に出会い、多くの気づきを得た。その気づきにいたるまでの経過と実践をまとめたのが、今回の「ボーンブロスでやせる」である。

 

以前に一度、鈴木先生のお誘いを受けて食事をしたことがある。その時に「The Obesity Code」の感想を熱く熱く語っていらっしゃったのは、とても印象的だった。

 

 

The Obesity Code: Unlocking the Secrets of Weight Loss
Jason, M.D. Fung
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 間ファスは強力にホルモンバランスに働きかけます。それゆえにホルモンバランスの偏りを正す力が強いのですが、むやみに続ければ逆にホルモンバランスをくずしてしまい、さまざまな問題が生じてしまいます。本当にやせる必要があるのか、よく考えたうえで行ってください。あくまでもダイエットのための一つの方法論です。(p3より引用)

 

ファスティングとは絶食のことである。時々絶食するという意味の間欠的ファスティングのことを、この本では「間ファス」と略している。

 

間ファスを「あくまでもダイエットのための一つの方法論」と表現するところに、鈴木先生の誠実さが感じられる。

 

体重のセットポイントについて

 

ダイエットがしばしば失敗する理由は、私たちの身体には常に体重を一定に保とうとするセットポイントとホメオスタシスの働きがあることを知らなかった結果なのです。

 

単純にカロリーを控えることで体重を減らそうとすれば、脳は基礎代謝を落とし、飢餓感を加速させ、体重をセットポイントまでなんとしても戻そうとします。

 

肥満は過食、つまりカロリーのとりすぎで起こるのではありません。それは肥満の原因ではなく、むしろ結果だったのです。

 

肥満は、身体のホルモンバランスの偏りが、体重を高すぎる状態に設定してしまったことで起きていたのです。(p27より引用)

 

「過食は肥満の原因ではなく、むしろ結果である」という指摘は面白い。ただ、「鶏が先か、卵が先か」的な話になりそうではある。

 

ホルモンバランスが乱れたから過食になったのか、それとも、過食の結果ホルモンバランスが乱れたのかを、厳密に分けることは難しいのではないか。

 

ただ、体重のセットポイントが上がってしまう(≒ホルモンバランスが乱れる)理由として「ビタミン・ミネラルが欠乏した、精製炭水化物や加工植物油の過剰摂取」を挙げている点には、素直に同意出来る。

 

「糖質選択」という考え方

 

  • 頻回の食事と加工食品の摂りすぎによってインスリン抵抗性が生じ、肥満となる
  • 糖質制限はダイエット初期には有効な方法だが、そのうちに体重のセットポイントが固定されてしまい、それ以上は下がらなくなる(身体の適応)
  • 更に体重を下げたかったら、間欠的にファスティングを行うことでホルモンバランスを揺さぶり、セットポイントを下げればよい

 

ダイエットのための方法論としての間欠的ファスティングには、十分な説得力がある。

 

ここから鈴木先生は、過度の糖質制限による弊害に話を進めていく。

 

糖質制限とは糖質中毒から離脱するための一つの非常に効果的な方法論です。この間に使われなくなっていた脂質代謝が再び活性化されることで、さまざまなメリットを生むのです。

 

その初期効果のすばらしさから、糖質制限の継続自体を目的化してしまいがちですが、以上の理由から一般の人が過度の糖質制限を継続するメリットはほとんどないのではないかと考えています。

 

糖質制限をしている限り、糖質依存はなくならないようです。(p51〜p52より引用。赤文字強調は筆者によるもの。)

 

上記引用部分で下線を引いた「以上の理由から」の理由とは、「糖質代謝と脂質代謝を無理なく行き来するためには、生理的インスリン抵抗性を起こさない程度の糖質を摂る必要がある」ということらしい。

 

インスリンが効きにくい状態のことを、「インスリン抵抗性がある」と表現する。

 

生理的インスリン抵抗性とは、

 

「厳重な糖質制限を続けた結果、脳での糖利用を優先させるために脳以外の身体部分でインスリン感受性が下がってしまうこと」

 

を指すようだ。

 

ところで、一日糖質摂取量60g以下の糖質制限を開始して7年目に入った自分だが、

 

www.ninchi-shou.com

 

糖質への渇望は既になく、糖質依存からは脱却している(と自分では感じている)。

 

以前は、たまに多めの糖質を摂取すると気分が悪くなる「糖質酔い」を起こすことがったが、今はそれもない。

 

自分の場合は、「過度の糖質制限」に身体が適応し、特に体調不良をきたしてはいない訳だが、皆が可能かと言われたらそうではないだろう。

 

「一般の人が過度の糖質制限を継続するメリットはほとんどない」という鈴木先生の主張には、「糖質制限という手段の目的化」に対する警鐘という意味で、意義がある。

 

自分の健康のために糖質制限を取り入れたはずなのに、いつの間にか糖質制限が目的となり、肝心の健康への配慮が疎かとなっている人は確かにいる。

 

体調への配慮のない目的化された糖質制限は、過度なものになりやすい。

 

過度の糖質制限で身体が上手く回る条件が整っていれば良いが、そうでなければ体調を崩す。この、「身体が上手く回る条件」については、後ほどまた触れる。

 

生理的インスリン抵抗性を生み出さないために、そして、過度な糖質制限にならないための方法として、鈴木先生は「糖質選択」という考え方を提唱している。

 

糖質以外にも食物繊維や食物由来の有効なファイトケミカル、ビタミン、ミネラルなどを多く含む、野菜や豆類、果物、雑穀などの糖質を選んでとるようにします。

 

加工食品に多く含まれる過度に精製された炭水化物や砂糖、異性化糖などの糖質中毒になりやすいものは避けるようにして、糖質を選択してとるということが糖質選択です。(p50より引用)

 

選択した糖質を摂り過ぎてしまうと意味がないため、そこだけは注意が必要。

 

ファスティングを抜きにしても、精製糖質や加工食品は極力避け、間食も避けるという食生活だけでも多くの人にとっては行うメリットがあるだろう。

 

Low T3症候群について

 

糖質制限界隈で定期的に(?)話題に上る「Low T3症候群」については、鈴木先生は以下の様に説明している。

 

健康食として取り組み続けているうちに、生理的インスリン抵抗性が高くなり、ちょっとの糖質で糖質酔いを起こすようになって、ますます糖質自体に害があると思い込み、糖質を摂ることを過度に恐れるという状態になっている人もいるということも分かりました。

 

このとき、脂質でしっかりとエネルギー代謝が回らないと、さまざまな身体的不調をきたすことになります(LOW T3症候群) (p53より引用)

 

 ちなみに、江部先生の説明は以下。

 

「Low T3 syndrome(低T3症候群)」とは、FT3という甲状腺ホルモンだけが低値で、FT4という甲状腺ホルモンは正常で、TSH(甲状腺刺激ホルモン)も正常な病態ですが、これは、甲状腺機能低下症ではありません。

~中略~

スーパー糖質制限食を実践して、体力がおちてヘロヘロになったり、筋力が落ちたり、生理が止まったり、髪の毛が抜けたりといった症状を訴える方々がたまにおられます。
これは糖質制限食のせいではなく、脂質も制限して、結果として摂取エネルギーが低過ぎたために生じる症状です。

 

この時、血液検査をしてFT3が低いと、
甲状腺機能低下症と誤診する可能性があります。

 

しかしこれは「Low T3 syndrome(低T3症候群)」であり、
TSHが正常ならば、本当の甲状腺機能低下症ではありません。
真の甲状腺機能低下症なら、必ずTSHが上昇しますので鑑別は容易です。
摂取エネルギーを標準まで増やせば、症状も改善してFT3も改善します。(ドクター江部の糖尿病徒然日記より引用)

 

個人的には、「Low T3症候群は副腎疲労のバロメーター」という認識である。

 

血糖上昇作用を持つホルモンであるアドレナリンやコルチゾールを分泌するのは副腎という臓器であるが、長年のストレスで副腎が機能低下を起こしてしまうことを「副腎疲労」と呼ぶ。

 

副腎不全のような診断概念が確立されているわけではないが、例えば

 

  • 易疲労感、脱力感
  • 食欲不振、体重減少
  • 消化器症状
  • 低血圧、低血糖

 

などがあれば、副腎疲労を疑うようにしている。

 

Low T3症候群の話に戻ると、甲状腺ホルモンがT4からT3に変換されるにあたって、コルチゾールが多すぎるとT4→T3への変換が妨げられてT3が低下する。これは、コルチゾールを出せる分「まだ副腎に余裕がある状態」と考えられる。

 

一方、コルチゾールが少なすぎると、T4→T3ではなくrT3(リバースT3)という不活性なT3への変換が進む。これは、「副腎が頑張れなくなってきたので、身体が休眠モードに入ろうとしている(入った)状態」と考えられる。

 

ここから更に事態が進行すると、視床下部に障害をきたしてTSHが低下し、そうすると恐らくT4も低下するだろうから、もはや「休眠モード」などとは言っていられない緊急事態となる。

 

Low T3症候群の検査上の特徴をまとめると

 

  • T3の低下
  • 重症または罹病期間の長い患者では、T4も低下
  • rT3は上昇
  • TSH上昇はない

 

このようになるが、rT3上昇の有無は一般検査で気軽に調べることは出来ない。

 

T3の低値とTSH正常という結果だけでは、コルチゾール放出の多寡まで見極めることは困難である。

 

T3低下を見つけたとき、様子を見ていて問題ないのかどうかは「コルチゾールが出ているのか否か」で判断したらよいと思うのだが、*2、その判断は易疲労感、脱力感、食欲不振、体重減少、消化器症状、低血圧といった「体感」に委ねられる。糖質制限を手段ではなく目的化している人は、体調不良という「個人的な体感」に気づかないかもしれない。

 

要は、「過度の糖質制限をしてT3が下がり体調が悪化する人は、もともと副腎疲労をきたしていた可能性があるのでは?」というのが、自分の考えである。

 

Low T3症候群については、たがしゅうブログの優れた考察を参考までに貼っておく。

 

Low T3症候群熟考 - たがしゅうブログ

 

体調不良を伴うLow T3を見出したときに、単なるカロリー不足と捉えるか、それとも副腎疲労の可能性を考えるかで、取るべき対処法は異なる。

 

カロリー不足と捉えれば、

 

  • ①脂質摂取を増やす
  • ②糖質制限を緩める

 

の、どちらかを選択することになる。江部先生は①を、鈴木先生は②を選択するのだろう。

 

副腎疲労の可能性を見出したら、

 

  • ③副腎サポートのためにビタミンB5*3を中心にビタミンB群を、また、ビタミンC*4を積極的に摂取する。

 

という選択肢を、自分は①や②よりも優先させることがある。勿論、カロリー不足と副腎疲労の両方が起きている可能性もあるのだが。

 

なぜ①や②の前に③を行うかというと、副腎疲労を改善させずにカロリーを増やした場合、体調が悪化する可能性を考えるからである。

 

エネルギー産生工場であるミトコンドリアの機能が低下していれば、幾ら栄養(≒カロリー)を投入しても工場の外に積まれていくだけである。

 

過剰な栄養が糖質であれば嫌気代謝が亢進して乳酸が積まれるだろうし、脂質であれば、脂肪の合成が促進され脂肪が積まれていくだろう。

 

「ビタミンは食事から自然と摂取されるべきもので、サプリメントで積極的に摂取するものではない」という意見を耳にすることがあるが、複数の後天的な理由でビタミンの需要が高くなることはあり得る。

 

【長年の糖質過剰摂取で好気性代謝が不活発になると、代謝酵素の活性が低下(≒ビタミンの確率的親和力がエピジェネティックに低下)してミトコンドリアの機能が低下する。これを異常事態(≒ストレス)と捉えた副腎は、抗ストレスホルモンであるコルチゾールをより多く分泌する。その結果、副腎が徐々に疲労していく。】

 

副腎疲労をきたすまでの流れをこのように考えた時、まずやるべきことは副腎サポートであり、それはミトコンドリアサポートと同義であり、すなわち確率的親和力が低下し必要量が増したビタミンを多く補充する、ということである。

 

こういった場合のビタミン補充は、通常の食事だけでは中々追いつかないと経験的に感じている。

 

それぞれの現場で見ている患者群の違いが、解釈の違いに繋がる

 

  • 糖質を摂取すれば血糖値は上昇する
  • インスリンが動員されたら血糖値が下がる
  • タンパク質の摂取でもインスリンは動員される

 

これらは生化学的な事実である。

 

生化学的な事実だけで臨床を語れたらよいのだが、そう簡単にはいかない。これらの生化学的な事実が「全ての人間は、同じものを食べたら同じ反応を示す」ことを保証する訳ではないからである。いわゆる、個体差である。

 

糖質制限を診療に取り入れている医師は多いと思うが、それぞれの臨床現場で診ている疾患群(患者群)の違いで、糖質制限の勧め方や臨床的な解釈に違いが出るだろうし、それぞれの医師の専門的バックグラウンドやOrthomolecular medicineを取り入れているかどうかなどでも違いは出る。

 

結局、我々医師に今のところ出来るのは、種々の研究結果や生化学的事実を踏まえた上で、「私の臨床では・・・」というカッコ付きで誠実に語ることだけなのかもしれない。

 

これまでの栄養学における

 

  • 総摂取カロリーの60%程度は、炭水化物(≒主食)から摂るべきである
  • 脂肪は少ないほどヘルシーである

 

といった何となく定説とされていた考え方は、糖質制限の普及により徐々に覆りつつある。

 

しかしその過程で、他の栄養素と比較した時の相対的な糖質過剰摂取の害が、「糖質絶対悪」と捉えられがちになってしまったことは否めない。

 

糖質制限という言葉がこれだけ人口に膾炙した今、「自分は何のために糖質制限をするのか?」を見直す切っ掛けを、本書は与えてくれるだろう。

 

 

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*1:ちなみに、タンパク質摂取でもインスリンは放出される。低糖質高タンパク食で痩せられない人は、タンパク摂取によるインスリン放出が多いのかもしれない。

*2:必要な時にコルチゾールが動員されているかが大切であり、それは普通の採血では測定はかなり難しい。慢性的に低下していれば副腎不全であり、副腎疲労どころの話ではなくなる。

*3:パントテン酸。重要な代謝中間産物アセチルCoAの原料となる。

*4:ビタミンCは、副腎がアドレナリンやコルチゾールを産生するときの原料として必要。